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公演レビュー:ホールアドバイザー松居直美企画『言葉は音楽、音楽は言葉 vol.5』J.S.バッハ:音楽の捧げもの(text:木下千寿・ライター)

 2024年2月17日、ホールアドバイザー・松居直美氏による企画『言葉は音楽、音楽は言葉 vol.5』が上演されました。今回の演目はJ.S.バッハの晩年の作品『音楽の捧げもの』。1747年5月7日、息子カール・フィリップ・エマニュエルが仕えるプロイセンのフリードリヒ大王の宮廷を訪ねたバッハは、自らもフルーティストであった王からフーガ主題の旋律を与えられ、即興演奏を行いました。その謁見後、3声のリチェルカーレと7曲のカノンをまとめて2か月後の7月7日に王に献呈、さらにカノン2曲と6声のリチェルカーレ、4楽章のトリオ・ソナタを書き足して同年9月に出版しました(“リチェルカーレ”とはフーガの古称)。

公演のメインビジュアル。バッハとフリードリヒ大王が向かい合っている。

 本作に関し、バッハ自身は使用すべき楽器、編成についてほとんど指定していません。今回はバロック・フルートを前田りり子、バロック・ヴァイオリンを寺神戸亮、ヴィオラ・ダ・ガンバを上村かおり、チェンバロを曽根麻矢子、そしてパイプオルガンを松居直美という豪華な顔ぶれが揃いました。世界的に活躍する演奏家たちが一堂に会する貴重な機会であり、各曲がどの楽器で演奏されるかも聴きどころのひとつ。「あの曲では、どのような音色が響き合うのだろう?」と、聞く前から想像が尽きません。
サラ・マンガノとピエール=イヴ・マシップによるマイムカンパニー『マンガノマシップ』が座組に加わるのも、大きな楽しみ。マンガノマシップは2020年に同企画の第一弾『パイプオルガンとパントマイムが紡ぐ音楽』に出演、芸術性の高いパフォーマンスで松居氏に深い印象を残したそう。今回の出演を打診した際、マンガノマシップは「しっかりとした形式があるバッハの楽曲での自分たちのパフォーマンスが、どのようなかたちになるか……」と少し戸惑いも見せたそうですが、そのクリエーションに期待は膨らみます。

舞台上とパイプオルガン前に並ぶ奏者たち。暗いホールの中で演奏家たちがライトを浴び、浮かび上がる。©N.Ikegami

 出演者が登場してシンフォニーホールが一旦暗転すると、客席正面にあるパイプオルガンが照明の中にふわりと浮かび上がりました。パイプオルガンの音色のみで、『音楽の捧げもの』の主題の旋律が響き渡ります。バッハが王の御前で実際に演奏したと考えられている『3声のリチェルカーレ』。と、ステージに立つマンガノマシップの二人が動き始めました。進もうとしては押し戻されているのは、風が強く吹いているから……? さっそく観る者の想像力を掻き立てるマイムに、思わず引きこまれてしまいます。そうかと思えば、再びパイプオルガンの奏でる主題に引き戻され、言葉のない器楽とマイムの競演に五感が心地よくさらわれていくのを感じました。

「即興」と「創造」という二人のキャラクターをマイムで表現。彼らは同時に、音楽を届けるメッセンジャーでもある。©N.Ikegami

 ステージ上では無音の中、マンガノマシップが操る蛇のような生き物が、体をくねらせつつゆったりと飛び回ります。その動きに合わせるように始まったのが『王の主題による無窮カノン』。バロック・ヴァイオリンとバロック・フルート、ヴィオラ・ダ・ガンバ、オルガンによる演奏は、各々の紡ぐ旋律が見事なバランスで重なり合い、豊かな響きをもたらします。続いて『王の主題による種々のカノン』。全5曲、ある楽器が主題を演奏し、その他の楽器が旋律を彩っていきます。その音の広がり、形式に則りながらも多様に展開していくさまには圧倒されるばかりです。

蛇のような“生き物”を操るマンガノマシップ。この蛇は何枚もの楽譜が折り重なって作られている。©N.Ikegami

 その間にも、ステージではさまざまな小道具を使い、マイムが繰り広げられます。大きな五線譜から音符を彷彿させる黒いボールが零れ落ちたかと思うと、白いボールと黒いボールでジャグリングが始まり、ふと気づけば大きな白い円が現れている、といった具合。二人の肉体は、視覚化された音のようにゆるやかに動き続けます。
驚いたのが、器楽とマイム、一方がもう一方の“裏”に回ることが決してないということ。器楽とマイム、どちらもがこのステージの“主役”として、観客の耳と目にさまざまな世界を届けていきます。

五線の引かれた大きな紙に、黒や白のボールをあてはめたり、転がして落としたりした。©N.Ikegami
センターの大きな丸い布は、パフォーマンスが進むごとに姿を変えた。この布の他、多くの小道具・パフォーマンスにおいて、マイムの二人はバロック・アンサンブルの繊細な演奏を邪魔しないよう注意を払っていた。©N.Ikegami

 『5度のフーガ・カノニカ』、“謎カノン”と言われる『2声のカノン』『4声のカノン』に続いてバロック・フルート、バロック・ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロで演奏されるのは、『王の主題によるフルート、ヴァイオリン、通奏低音のためのトリオ・ソナタ』。フーガの手法を駆使した4種の音の掛け合い、重なり合いがこれまでにも増して華やかです。一方、ステージ上では黒馬に扮したサラと白馬に扮したピエールが、躍動感たっぷりのパフォーマンス。そして次に舞台に現れたのは、なんと人間の目と鼻! 観客の意表を突くユニークな表現で飽きさせません。

馬に扮したマンガノマシップ。1回客席扉から登場し、来場者と挨拶を交わした。©N.Ikegami
眼と鼻、そして大きな扇子は位置によって口ひげや王冠などにも姿を変えた。©N.Ikegami
アンサンブルのみで奏でられた『無窮カノン』。世界で活躍するバロック音楽の第一人者たちの演奏に会場が聞き入った。©N.Ikegami

 二人が去って静けさが戻ったステージに、『無窮カノン』が響きます。そして、ラストはパイプオルガンによる『6声のリチェルカーレ』。6声の旋律がしっかりと響きながら見事に調和するパイプオルガンの荘厳な独奏は、締めくくりにふさわしい一曲だと実感。オープニングと同様、風を受けながら進むサラとピエール。彼らの目の先には、追い求める“何か”が……。深い余韻を残す幕切れの後、出演者には熱を帯びた拍手が惜しみなく贈られました。興奮冷めやらぬ中、アンコールで演奏されたのはJ.S.バッハの『われ汝の御座の前に進み出で』。音楽でしっかりと繋がった演奏者とパフォーマーのステージに、大きな満足感を得てホールを後にしました。

『6声のリチェルカーレ』の荘厳な音に合わせて大きな布がゆらめいた。©N.Ikegami

ホールアドバイザー松居直美企画 言葉は音楽、音楽は言葉 Vol. 5  J.S.バッハ「音楽の捧げもの」

【日時】

2024年2月17日(土) 14:00開演

【出演】

  • パイプオルガン:松居直美
  • バロック・フルート:前田りり子
  • バロック・ヴァイオリン:寺神戸 亮
  • ヴィオラ・ダ・ガンバ:上村かおり
  • チェンバロ:曽根麻矢子
  • マイム:マンガノマシップ

【曲目】

  • J.S.バッハ:音楽の捧げもの BWV1079
    • 3声のリチェルカーレ(大オルガン)
    • 王の主題による無窮カノン(Fl,Vn,Ga,Cem)
    • 王の主題による各種のカノン-2声の逆行カノン(ポジティフorg,Vn)
    • 王の主題による各種のカノン-2つのヴァイオリンによる同度のカノン(ポジティフorg,Vn,Ga,Cem)
    • 王の主題による各種のカノン-2声の反行カノン(Fl,Vn,Cem)
    • 王の主題による各種のカノン-2声の反行拡大カノン(ポジティフorg,Vn,Ga)
    • 王の主題による各種のカノン-2声の螺旋カノン(ポジティフorg,Fl,Vn,Ga,Cem)
    • 5度のフーガ・カノニカ(ポジティフorg,Fl,Vn,Ga,Cem)
    • 2声のカノン(ポジティフorg,Ga)
    • 4声のカノン(Fl,Vn,Ga,Cem)
    • 王の主題によるトリオ・ソナタ(Fl,Vn,Ga,Cem)
    • 無窮カノン(Fl,Vn,Ga,Cem)
    • 6声のリチェルカーレ(大オルガン)
終演後、出演メンバーそろっての記念写真。©N.Ikegami
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