オルガニスト大木麻理さんに聞く―はじめたきっかけ、尊敬するオルガニストetc…
2017.02.10
2月18日に開催を控えている「オルガンの未来へ」の第3弾。今回は初の企画公募制となり、第3回ディートリッヒ・ブクステフーデ国際オルガンコンクールで優勝するなど、いま注目の若手オルガニスト大木麻理さんの企画が採用されました。
大木さんがオルガニストとしてどんなことを考えていらっしゃるのか、そもそもどういったきっかけでオルガニストを目指されたのか……等など、改めて開演にむけて色々なお話を聴かせていただきました。(取材:小室敬幸)
――プロフィールを拝見すると、東京藝術大学で学ばれたあとドイツに留学され、ヨーロッパでのコンクールでは華々しい受賞歴を残されていますね。
あまりコンクールというのは好きじゃないので、受けたのはプロフィールに載っている3つだけなんです。ドイツで学んだ時に、せっかくこっちに来たんだから、何か成果を目に見えるかたちにしたいなと思って受けました。でも、オルガンのコンクールはとっても期間が長く、例えば二次試験のなかにファーストステージ、セカンドステージがあったり、リハーサルと実際の審査のあいだが1週間近く空いてしまったりもするんです。そのため練習できない時間も長く、大変でした。
大学のオルガン科って人数も一学年に3人とか4人しかいなくて、一度別の楽器を学んでからオルガンに転向してくる人もいるので年齢もいろいろ。副科でオルガンを履修している人の練習中の曲もみんな把握しているような間柄でしたね。和気あいあいとした雰囲気だったので、コンクールのギスギスしている雰囲気はどうにも慣れません。
実は今回、新作を委嘱させていただいた作曲家の松下倫士(ともひと)さんは藝大の同級生で、オルガンを副科でとっていたんですよ。もう、専科か副科か区別つかないほど上手だったので、彼は「伝説の副科生」として知られていました(笑)
――そもそも、いつ頃からオルガニストになりたいと思っていらしたのですか?
母がピアノ教師だったので小さい頃からピアノは習っていたんですが、実はそれほど好きになれなかったんです。転機となった出来事がありまして、母はクリスチャンだったこともあり、あるとき教会での奏楽を依頼されたんですね。母は真面目な人なので「じゃあちゃんと習ってからでないと」と言って、オルガンを習い始めたので私もついていったのですが、それが私のオルガンとの出逢いでした。
当時ピアノで習っていたインベンションか何かを「弾いてみたら?」と先生に言われて演奏してみたところ、もう楽しくって(笑) 中学校の卒業文集には「オルガニストになりたい」って書いてありますし、その頃からずっと将来はオルガン弾いていたいなって思ってたんだと思います。今から思えば、小さい頃にピアノが好きになれなかったのは、もっと色々な音を出したいと思っていたからなのかもしれません。
――オルガンの魅力にそんな早く開眼されたのですね! でも、クラシック音楽のファンであっても、オルガンの演奏ってどこを気にして聴いたら良いのか分からないとか、他の演奏と比べてどうだった?と聞かれてもお手上げ……という方も意外と多いんじゃないかと思います。オルガニストとしては他の方の演奏を聴く際、どんなところに注目されているんでしょうか?
テンポをどのように設定するのか、あるいは装飾音をどう付けるのか等にも注目するのですが、私が一番気にしているのは「レジストレーション」、つまり作品のどこをどんな音色で弾くかということですね。それは演奏者によって選択が全く違ってくるので、はっきりと個性の見える部分なんです。
例えば、有名な『トッカータとフーガ』だって、皆さんが一般的に想像される「あの音」は選択肢のひとつであって、どんな音色をあてがってあの冒頭を弾くかということは、演奏者の考え方によって十人十色なのです。
――では、そのレジストレーションというのは、どういうふうに決めていくのでしょうか?
どんな音色のパイプが何種類用意されているのかは、オルガンによって違いますので、まずは全てを把握するところから始めます。ミューザのオルガンはとっても大きく、パイプの総合計も5000本以上あるし、音色の種類は71種類。この音色の種類が「ストップ」と呼ばれるものですね。私の場合はまずストップひとつひとつの音を確かめます。
――え!? 何千本もある音をひとつひとつ聴いていくんですか?
はい、かなり時間がかかりますけれど、ひとつずつ聴かないと分からないので。そのあと、その音色で何ができるのか、どんなふうに組み合わせようかということを考えます。
この音色で弾くようにと作曲者からの指示が楽譜に書いてあることもありますが、稀ですね。ですから、このストップとこのストップを組み合わせたらどうなるかな、というのを考えていく作業があります。オーケストラに例えると、一人ひとりの演奏家と面談するみたいな感じですね(笑) たとえばここはヴァイオリンと、ヴィオラと、チェロを組み合わせた音色で弾いて、次はフルートだけにして…というような感じで決めていきます。
――それを毎回新しいオルガンに出会うたびにされて、すべての作品に音色をあてがっていくなんて、気が遠くなりそうな大変さです! ただ演奏されるのではなく、まるで編曲家みたいでもあるんですね。
だから同じ曲でも演奏者によって、違うアプローチになるんです。そしてオルガンは管楽器と同じように、パイプに空気が通って音が鳴るのですが、その音の大きさを変えることはできないので、パイプを組み合わせる量を増やしていくことで、強弱を表現します。ストップを1種類だけしか使わなければとても小さな音量ですし、たくさん組み合わせれば大きな音量になるという具合です。自然な強弱のグラデーション、自然なクレッシェンド(だんだん強く)やデクレッシェンド(だんだん弱く)を実現するためには、組み合わせにかなり頭を使いますね。そういう意味では、確かに毎回、演奏するオルガンに合わせて編曲をしているようなものかもしれません。
――尊敬するオルガニストはどなたですか? また、ご自分について、どんなオルガニストだと思っていらっしゃいますか?
藝大で師事した椎名雄一郎先生に薦められて、アルヴィート・ガスト先生につくため渡欧しましたが、私自身が彼のファンでもあります。ロマン派の音楽のもつ、音楽の波のようなものをオルガンでの表現が難しいのに、彼はとてもすばらしい演奏をするんです。レジストレーションの多彩さ、グラデーションの巧みさをドイツでたくさん教わりました。
ウィーンのミヒャエル・ラドレスク先生のバッハは説得力というか、すごく深い研究に基づいているので、揺らがない説得力に打ちのめされます。留学先のリューベックでたまたま教えていらして、奇跡的に師事できたのもとても幸運でした。
音楽の内容と誠実に向き合う演奏が好きだなと思いますね。自分自身もそうした演奏家でありたいと願っています。自分は……うーん、とりあえずなんでも弾くってのが特徴でしょうか(笑)何でも弾いてみたいんですよ。じゃないと今回みたいなプログラムは組まないかもしれません。
――そういう意味で、今回のプログラムは大木さんだからこそできる選曲だったとも言えますね。2月18日の公演がますます楽しみになりました!ありがとうございました。
今回演奏するZ.サットマリー:バッハへのオマージュ(演奏:大木麻理)