スメタナ:連作交響詩「我が祖国」【東京交響楽団チェロ奏者:福﨑茉莉子】
2025.04.16
友の会 / 「スパイラル」名曲のツボ / 友の会
第1曲「ヴィシェフラド」冒頭の主題を見つけながら
チェコの歴史と風景を感じる全6曲

取材・文:榊原律子
チェコの首都プラハを流れるヴルタヴァ(モルダウ)川を描いた曲、スメタナの「ヴルタヴァ」をみなさんご存じのことでしょう。この「ヴルタヴァ」は、チェコの伝説や風景を描いた全6曲からなる連作交響詩「我が祖国」の第2曲にあたります。私は「ヴルタヴァ」は何度も弾いたことがありますが、第1曲「ヴィシェフラド」と第4曲「ボヘミアの森と草原から」は昨年秋の東響八王子定期で初めて弾きました。そして5月の「名曲全集」で初めて第3曲「シャールカ」、第5曲「ターボル」、第6曲「ブラニーク」を弾きます。全6曲に初挑戦ということで今からワクワクしています。
第1曲「ヴィシェフラド」(高い城)は、チェコの伝説の吟遊詩人ルミールが竪琴を奏でながら、ヴルタヴァ川岸にある城ヴィシェフラドの歴史を回想していく曲です。物語へ誘うようなハープ2台のメロディで始まり、これを聴くと私はタイムワープして昔のプラハにいるような感覚になります。が、初めてこのメロディを聴いたとき、「知ってる!」と思いました。そう、「ヴルタヴァ」の最後にあらわれるメロディと同じなのです。「我が祖国」は「ヴィシェフラド」冒頭の主題が形を変えて散りばめられている作品で、それを発見していく楽しさもあります。「ヴィシェフラド」の曲中にも次々に登場し、たとえばその後、弦楽器だけで始まる旋律は、この主題の反行形です。戦いの場面を表しているようで、同じ旋律なのに雰囲気がガラリと変わります。その後、管楽器が堂々と分散和音を奏で、弦楽器が合いの手を入れるところは勇ましい騎士が登場したようで、私の好きな場面です。続いて、戦乱の不安を表現するようなエレジー風の木管楽器に心動かされます。そして輝かしい勝利のピウ・モッソもつかの間、シンバルの一撃で城が崩壊、しかも目の前で崩れるような感覚になり、弾きながら鳥肌が立ちます。その後ハープが戻ってきて「そういえば物語だった」と我に返るほど、どの場面もリアルに感じられる音楽にスメタナのすごさを感じる曲です。
ところで、私は小学生のとき演奏旅行でプラハに行ったことがあります。その時プラハは100年に一度の大雨。それでもヴルタヴァ川にかかるカレル橋を観光しましたが、ガイドさんが「これが聖ヨハネの像です」と案内してくれても、雨が激しすぎてまったく見えませんでした。第2曲「ヴルタヴァ」には“聖ヨハネの急流”という激しい音楽の箇所がありますが、ここを弾くたび、大雨のカレル橋を思い出します。あれは人生で一番の豪雨でした。
第4曲「ボヘミアの森と草原から」のチェロのパート譜を初めて見たときはビックリ。「ソレソソレソソレ」という音型が延々と書かれているのです。まるでエチュードのようですが、不思議なことにオーケストラの中で弾くと、そよ風や草が揺れる音のように感じられます。この音型はボヘミアの広大な大地を表現しているのでしょう、自然の一部になる感覚で弾きました。その後フーガが始まりますが、このメロディも「ヴィシェフラド」の主題の反行形です。そして曲後半で始まるポルカは、力強いリズム感を根底に感じられて私はとても好きです。
「我が祖国」は1曲ごとに盛り上がるので、3曲だけでも右手の体力が不安になり、全曲演奏をしたことのある方に疲れないコツをうかがったところ、腕の重心の位置を微妙に変えながら弾くといいとアドバイスされました。そうして迎えた本番では物語に入り込んで弾き、3曲でも達成感がとても気持ち良かったです。そして今度は全6曲です。プラハの春音楽祭のオープニングでは「我が祖国」全曲を毎年弾くと知り、自分も弾いてみたいと思っていましたが、いよいよその機会がやってきました。全6曲を弾いたあと、作品のイメージが変わるのか、自分の感情がどうなるのか、本当に楽しみです。
(ミューザ川崎シンフォニーホール友の会会報誌「SPIRAL」vol.84より「名曲のツボVol.73」)