チャイコフスキー:交響曲 第1番「冬の日の幻想」【東京交響楽団第1ヴァイオリン奏者:小川 敦子】
2024.07.30
雪原、キラキラ舞う雪、ワルツ、民謡……
冬好きのチャイコフスキーが描く白昼夢
取材・文:榊原律子
交響曲第1番「冬の日の幻想」は、チャイコフスキーが作曲家としてデビューしてすぐの1866年に書かれた作品です。しかし酷評されたために手を入れ、現在演奏されているのは第3稿です。批判されてもくじけずに複数回も手直しした、彼にとってきっと大事な作品だったはず。そんな第3稿は、交響曲第3番やバレエ音楽「白鳥の湖」の前の1874年に書かれ、1883年に初演されました。サマーミューザで演奏する交響曲第2番「ウクライナ(小ロシア)」と聴き比べると土臭い感じがしますが、そこが魅力的ともいえます。
この作品はラドガ湖を旅したときの印象から作曲されたとのことで「冬の日の幻想」という題がついています。ちなみに英語は「Winter Daydreams」。「Daydreams」だと私は「幻想」より「白昼夢」の語を連想するのですが、「白昼夢」というと奇怪なイメージがしませんか?恐ろしいほど何にもない真っ白な雪原に、日の光でキラキラと輝きながら雪が降り、美しいけれどもなんだか奇妙な世界——そんな景色が見えるような音楽です。第1楽章は「冬の旅の夢想」という題がつけられ、まさに雪がキラキラする様子を感じさせる音楽が展開します。木管楽器のリズムも、雪原をそりで進む、そんなイメージが見えてくるかのようです。
第2楽章には「陰鬱な土地、霧の土地」という題がついていますが、聴いて陰鬱になるような音楽では決してなく、とても色彩的な音楽です。チャイコフスキーは“陰鬱”の中に美しさを感じているのですよね。「弦楽セレナーデ」の第3楽章「エレジー」を思わせる音楽で、全4楽章の中で私は第2楽章が一番好きです。「エレジー」を聴くと、暗がりの中で一縷の救いを求めてさまよっているように思えます。悲しくても涙も流さず、内に抱えている、そんな思いを表しているようで、それが第2楽章にも感じられます。そしてオーボエがソロを奏でますが、これがとても素敵で、さらに16分音符で駆け上がるフルートは雪のきらめきのよう。そしてヴァイオリンはシンコペーションのリズムで伴奏しますが、これがまさに“霧”を思わせます。
第1ヴァイオリンを弾いていて「いいな」と思うところは、第3楽章の中間部のワルツです。チャイコフスキーのワルツは、トルストイの『戦争と平和』映画版に出てくる舞踏会のイメージ。また、まるでバレエ音楽のようでもあり、ダンサーならきっとこの曲で踊れると思う、そんなワルツです。
第4楽章はファゴットでゆっくり始まりますが、この主題は民謡を引用したもの。主部になってテンポが速くなると、まるでコサックダンスの足の動きが見えるような音楽が展開し、とてもインパクトがあります。そして最後は盛り上がって終わります。
チャイコフスキーは季節の中で冬が1番好きだったそうですが、そんな彼の性格は、音楽や伝記から察するにナイーヴかつロマンチックな人。チャイコフスキーといえば華やかで迫力のある音楽が人気だとは思いますが、彼の繊細な人柄が表れているのが第2楽章だと思います。また、チャイコフスキーの特徴といえば、パート間でのフレーズの“受け渡し”。交響曲第1番でも第1・第2ヴァイオリン間など細やかな受け渡しが多く、そこからもチャイコフスキーの繊細さが感じられます。
と、ここまで第1ヴァイオリン視点でお話ししましたが、実はこの曲で大活躍するのは低弦とファゴット。なので演奏会では低音パートにもぜひ注目してください。
チャイコフスキーの交響曲第1〜3番は、第4〜6番と比べて演奏機会が少ないですが、昨年のサマーミューザで第3番、今年は第2番、そして9月の「名曲全集」で第1番、と約1年間で3曲を聴けるまたとないチャンスです。指揮はベルリン・フィル首席クラリネット奏者でもあるアンドレアス・オッテンザマーさん。どんなチャイコフスキーになるのか、ご期待ください。
(ミューザ川崎シンフォニーホール友の会会報誌「SPIRAL」vol.81より「名曲のツボ」vol.71)
名曲全集第199回 公演詳細
【日時】
- 2024年9月14日(土) 14:00開演(13:15開場)
【出演者】
- 指揮:アンドレアス・オッテンザマー
- ヴァイオリン:中野りな
【曲目】
- ストラヴィンスキー:弦楽のための協奏曲 ニ調
- モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ長調 K.219 「トルコ風」
- チャイコフスキー:交響曲 第1番 ト短調 op.13 「冬の日の幻想」
【チケット】
- S席 ¥7,500 A席 ¥6,500 B席 ¥4,500 C席 ¥3,500
- *25歳以下当日券:1,000円