【特別インタビュー】真夏のバッハ IX 出演 ヨハネス・ラングさん
「夜、教会のオルガンで一人練習していると(バッハへの)畏敬の念がわいてくる」
フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2024「真夏のバッハ IX」に出演されるヨハネス・ラングさん。2012年のライプツィヒ・バッハ国際コンクールの覇者で、J.S.バッハがカントール(音楽監督)を務めた聖トーマス教会のオルガニストに弱冠32歳で就任した、今最も注目を浴びるオルガニストです。ご自身のキャリアや今回のプログラムについて、ライプツィヒにある聖トーマス教会で、お話を伺いました。
インタビュー・文・写真:中村真人(音楽ジャーナリスト)
-ラングさんと音楽、そしてオルガンとの出会いを聞かせてください。
私は5人兄弟の末っ子として生まれました。6歳でヴァイオリン、7歳でピアノ、そして8歳でオルガンを学び始めたのですが、特に惹かれたのがオルガンでした。子供の頃、私はフランスとスイスとの国境に近いメルクトという小さな街で、教会の鐘を鳴らす手伝いをしていました。そこでオルガンが目に留まり、その虜になったのです。その後フライブルク音大に進み、マルティン・シュメディング先生という優れた教師のもとで学ぶことができました。
-多くのコンクールで受賞されていますが、2012年にはライプツィヒ・バッハ国際コンクールで優勝されていますね。
私のキャリアにおいてとても重要な機会となりました。実は、私の曽祖父のギュンター・ラミン(1898〜1956)も聖トーマス教会のオルガニストとカントール(音楽監督)を務めた人なのですが、私自身はドイツの西部で育ち、それまでライプツィヒとの接点はあまりありませんでした。このコンクールのために約2週間ライプツィヒに滞在し、トーマス教会を始めとする素晴らしいオルガンに触れたことは、私の人生の転機になったと言ってもいい出来事です。
-ラングさんは2022年に32歳の若さで聖トーマス教会オルガニストに就任されました。
聖トーマス教会のオルガニストは、1528年から続くドイツの教会音楽界の中で最も伝統あるポストの一つです。バッハ自身がカントールを務めたこの場所で、バッハの遺産を維持し、発展させるという任務に携われることを光栄に思っています。1週間の中で特に重要なのは、金曜の夕方と土曜の午後にトマーナコア(聖トーマス教会合唱団)、ゲヴァントハウス管弦楽団と共演するモテット(宗教声楽曲)、そして日曜の礼拝です。教会の暦と密接に関連した仕事なので、当然ながらクリスマスや復活祭の時期は大忙しです(笑)。
-今回のプログラムは「変容するクラヴィーア練習曲集(ユーブング)」と題されています。バッハが作曲した4つの「クラヴィーア練習曲集」のうち、第3部をモチーフにされています。まず、この曲集についてお話しいただけますか。
「クラヴィーア練習曲集」は、バッハの生前に出版された数少ない曲集の一つです。他の3つがチェンバロのために書かれたのに対し、この第3部はオルガン用に書かれています。「練習曲」といっても、今日でいうエチュードとは違います。出版された1739年という年は、遺産として残すにはまだ少し早い時期ですが、バッハがそれまでの創作を振り返って、自分が持っている技術の可能性のすべてを示そうとしたかのような趣があります。
全体の構成を見ると、まず素晴らしいプレリュードとフーガ変ホ長調(BWV552)が両枠を縁取っています。三位一体との関連からどちらも3つの主題があり、変ホ長調はフラット3つの調ですよね。ここでは3という数字が重要な意味を持ちます。バッハの生前、その音楽は複雑すぎると批判されたこともありましたが、このプレリュードを聴くと、それがまるで当てはまらないと思います。喜びに満ちていて、副主題などまるでハイドンのように優美です。
この曲集では、ライプツィヒの教会での信仰と音楽とが非常に密接に結びついています。中心を形作っているのは、幅広い様式によるコラールの編曲。前半のキリエとグローリアは、ルター教会の「短ミサ曲」として、受難節をのぞく毎週日曜に礼拝の中で歌われました。「キリエ、父なる神」、「すべての世の慰めなるキリスト」、「精霊なる神よ」という三位一体のコラールが、ペダル付きとペダルなしの3曲ずつ収められています。
その後に6つの「教理問答書」(ルターが編さんしたキリスト教入門書)のコラールが来ます。当時ライプツィヒの教会では日曜に大きな礼拝が行われ、残りの6日間は毎日異なるテーマが扱われました。おそらく月曜に「十戒」、火曜に信仰告白「われらみな唯一なる神を信ず」、水曜は最も重要な祈りである「主の祈り」が歌われました。木曜には洗礼のコラール「われらの主キリスト、ヨルダン川に来り」、金曜は懺悔のコラール「深き苦しみの淵より、われ汝に呼ばわる」、そして土曜に聖餐のコラール「我らの救い主なるイエス・キリスト」というように、それぞれのコラールが常に歌われたはずです。
-教会の1週間がそのまま曲集になったかのようですね。今回のプログラムを見ると、バッハ以外にも様々な作曲家の作品が混じっていることに気づきます。
ええ。「クラヴィーア練習曲集」第3部はコンサートで演奏することを想定して書かれたものではないですし、一晩で演奏するには長過ぎます。そこで私はバッハのこの曲集を中心に据えながら、ドイツの他の作曲家のオルガン曲を盛り込みました。例えば、「キリエ、父なる神」は後期ロマン派のマックス・レーガー、懺悔のコラールはバッハの同時代人ゲオルク・ベームの曲というふうに。おそらく皆様にとって馴染みのない作曲家もいるかと思いますが、ヨハン・ウルリヒ・シュタイグレーダーの「主の祈り」など圧倒的な音楽です。バッハを崇拝していたロベルト・シューマンのオルガン曲も演奏します。
-ラングさんにとってヨハン・セバスティアン・バッハとはどういう存在でしょう?
神聖な存在であり、キリスト者である私にとっては信仰の助けになってくれます。同時に、宗教や地域を超えた広がりを持つ偉大な存在でもあります。実際、私は人生のあらゆる場面でバッハとその音楽にインスパイアされてきまました。聖トーマス教会にはバッハのお墓があります。夜、教会のオルガンで一人練習していると、畏敬の念が湧いてくるのを感じますね。
-オルガンに興味はあるけれども、まだ生の響きを聴いたことがないという方にメッセージをお願いします。
パイプオルガンの生の響きに接したら、その迫力にきっと驚かれると思います。ピアノや弦楽器とは一味違うヴィルトゥオジテート(名人芸)を味わえるのもオルガンの魅力で、ぜひ体全体でその響きを感じていただきたいです。実は日本に行くのは今回が初めてで、ミューザ川崎の素晴らしいパイプオルガンを弾かせていただくことを今から楽しみにしています。
フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2024 真夏のバッハIX 公演詳細
【日時】
- 2024.8.3(土) 19:00開演(18:15開場)
【出演者】
- パイプオルガン:ヨハネス・ラング
【曲目】
- J.S.バッハ:前奏曲 変ホ長調 BWV552/1
- レーガー:『12の小品』から 第7番
- J.S.バッハ:すべての世の慰めなるキリストよ BWV670、聖霊なる神よ BWV671
- シューマン:バッハの名による6つのフーガ op.60から 第1番
- クレープス:いと高きところにいます神にのみ栄光あれ Krebs-WV500
- レーガー:バッハの名による幻想曲とフーガ op. 46
- J.S.バッハ:これぞ聖なる十戒 BWV678、われらみな唯一なる神を信ず BWV680
- シュタイグレーダー:主の祈り(4声)
- シューマン:バッハの名による6つのフーガ op. 60から 第2番
- J.S.バッハ:われらの主キリスト、ヨルダン川に来り BWV684
- ベーム:深き苦しみの淵より、われ汝に呼ばわる
- J.S.バッハ:我らの救い主なるイエス・キリスト BWV688
- J.S.バッハ:フーガ 変ホ長調 BWV552/2
【チケット】
- 全席指定 一般:4,000円
- U25(小学生以上25歳以下):1,500円