『スター・ウォーズ』は21世紀のクラシック音楽である(名曲全集第196回)
2024.03.14
名曲全集2024-2025シリーズの開幕となる4/28の公演では、映画「スター・ウォーズ」の名曲を心ゆくまでお楽しみいただきます。本公演の聴きどころについて、音楽ライター・映画音楽評論家の小室敬幸さんからご寄稿をいただきました。プレイリスト&おすすめ動画付きです。
* * * *
クラシック音楽に特化した世界的なWEBマガジン“Bachtrack”の調査によれば、2023年の1年間で最も演奏された存命中のクラシックの作曲家は、ジョン・ウィリアムズだったという。2022年はアルヴォ・ペルトに首位を受け渡していたが、ジョン・ウィリアムズは上位の常連。かつてなら、ジョン・ウィリアムズは映画音楽であって、クラシック音楽ではない……という意見も根強かったかもしれないが、ウィーンフィルやベルリンフィル、そして昨年はサイトウ・キネン・オーケストラに客演するなど、映画音楽という枠を超えた活躍をみせ、世界中のオーケストラが普通に演奏するレパートリーになりつつあるのだ。
太田弦ⒸTakafumi Ueno
田村響©武藤章
今回の指揮者・太田弦は筋金入りのスター・ウォーズ・マニア。それだけに「全曲スター・ウォーズの演奏会」を実現したいと長年にわたり夢みているというが、これまでは数曲の抜粋演奏に留まっていた。今回は前半にルロイ・アンダーソンが置かれているものの、後半は丸っとスター・ウォーズの名曲群。太田の夢が限りなく叶えられたといって良いだろう。全11曲は、基本的にエピソード1〜6の流れを辿ってゆく形がとられている。
①「20世紀フォックス・ファンファーレ」だけはジョン・ウィリアムズの作曲ではなく、多くの映画音楽作曲家を輩出したニューマン・ファミリーのアルフレッド・ニューマン(1901〜1970)の楽曲。スター・ウォーズ・シリーズのみならず、長年にわたりハリウッドを牽引してきた会社「20世紀フォックス」が制作・配給した映画の冒頭を飾ってきた。ただし2019年3月にウォルト・ディズニー社に買収されてから新しく公開された映画では置かれていない。そのためスター・ウォーズのエピソード7〜9(シークエル3部作)ではこのファンファーレが聴けなくなり、不満を漏らす古参ファンも少なくない。
②「メイン・タイトル」はシリーズを通底する、映画を観たことなくても皆が知っているあの曲だ(ちなみに監督のジョージ・ルーカスは、ミクロス・ローザ作曲『黒騎士 Ivanhoe』(1952)のメイン・タイトルのような音楽を求めていた)。前奏に続く、勇ましいメロディはエピソード4〜6の主人公ルーク・スカイウォーカーを表すライトモティーフにもなっている。
③「アナキンのテーマ」と④「運命の闘い」は、エピソード1『ファントム・メナス(見えざる脅威)』(1999)の楽曲。③はその名の通り、エピソード1〜3(プリクエル3部作)の主人公であるアナキン・スカイウォーカーを表しており、健気で素直な少年ではあるが、決して恵まれた環境で育ったわけではなく、過酷な運命が将来待ち受けていることが音楽によって表現されている。④はエピソード1の敵キャラとなるダース・モール戦で主に流れる『ファントム・メナス』を象徴する1曲で、対位法とポリリズムによって緊張感が高められていく。ジョン・ウィリアムズは古代ケルト語の文章をもとに作った「Dreaded fight that’s here or lingering in the head.(恐るべき闘いはここに、すなわち頭の中にまとわりついている。)」という英語をサンスクリット語風に機械翻訳。こうして得られた言葉を合唱で歌わせている。
⑤「アクロス・ザ・スターズ」は、エピソード2『クローンの攻撃』(2002)の楽曲。青年へと成長し、一人前のジェダイを目指すアナキンと、惑星ナブーの女王であるパドメ(演じるのはナタリー・ポートマン)とのあいだに育まれる愛を象徴している。ただし、それは執着心を生む恋愛を原則禁止しているジェダイの教えを裏切る行為でもあった……。
⑥「英雄たちの戦い」は、エピソード3『シスの復讐』(2005)の楽曲。スター・ウォーズ・サーガのラスボスにあたるパルパティーンの策略によって、アナキンはダークサイドに堕ちてしまう。師であり、兄のような存在でもあるオビ=ワンと戦うシーンで流れる。この曲でも合唱が活躍するが、歌詞はほとんどない(「運命の闘い」に登場したサンスクリット語風の単語が一度だけ登場する)。合唱が含まれるのは2曲だけなので、東響コーラスの熱演に期待したい!
⑦「帝国のマーチ」こと、通称「ダース・ベイダーのテーマ」は、スター・ウォーズ・シリーズを象徴する1曲だが、初登場したのはエピソード5『帝国の逆襲』(1980)から。ちなみに基礎となるコード進行は、ワーグナーが『ニーベルングの指環』で使用している“隠れ兜(頭巾)”のライトモティーフから引用されている。
⑧「ヒア・ゼイ・カム」は、エピソード4『新たなる希望』(1977)の楽曲。敵である帝国軍の要塞デス・スターからレイア姫を救出したあと、ハン・ソロ(演じるのはハリソン・フォード)のミレニアム・ファルコン号で逃げていると戦闘機タイ・ファイターに乗った追手がやってくる。その戦闘シーンで流れるのがダイナミックなこの曲だ。
⑨「ハン・ソロとレイア姫」は、エピソード5『帝国の逆襲』の楽曲。アウトローとして生活するハン・ソロと、王女として育てられたレイア・オーガナ。価値観が合うわけもなく衝突を繰り返すが、ハンが強引に迫ったことでふたりの関係性には変化が……。ホルンのソロではじまる主旋律がとにかく美しい。
⑩「ルークとレイア」は、エピソード6『ジェダイの帰還』(1983)の楽曲。ハンに迫られたレイアは、その誘惑を振り切ろうとルークに接近するが、ルークはレイアが生き別れた双子の妹であることを知る。その秘密をルークがレイアに、あるいはレイアがハンに打ち明ける場面で流れてくるのが感動的なこの旋律だ。
⑪「エンド・タイトル」は、全てのエピソードのエンディングで流れる「メイン・タイトル」を変奏した楽曲。映画のなかでは、そのエピソードで使われた主要楽曲を振り返るメドレー形式となっているが、今回含めてコンサートではレイア姫のテーマを短く回想する(シリーズ第1作である)エピソード4のバージョンを演奏することが多い。
全11曲、こうして総ざらいしてみるだけでも壮観である。そして知っておいていただきたいのは、ジョン・ウィリアムズのオーケストラ作品は多くのパートが複雑に絡み合っているため、映画として観た時には細部まで聴き取れないことが実は多いのだ。そのため今回のスター・ウォーズ楽曲も、コンサートでこそ真価が発揮されるに違いない。
前半に演奏されるルロイ・アンダーソンは、ユーモアに富んだ小品で知られ、ジョン・ウィリアムズが「アメリカのシュトラウス・ファミリーのような存在」で、「心の底から尊敬している」と公言する作曲家。ジョンが今も桂冠指揮者というポストをもつボストン・ポップス・オーケストラにおいて、彼の前任であった指揮者アーサー・フィードラーとアンダーソンは蜜月関係にあった。その伝統を引き継ぎ、ジョンもまたアンダーソンを数多く指揮してきた。筋金入りのマニアがお届けする企画だが、聴けば誰もが楽しめるプログラムに仕上がっている。