【小川典子インタビュー】寂しさと激しさ、相反する”J.フィブス”の魅力
2024.01.17
ロンドンと川崎を拠点に世界で活躍するピアニスト小川典子による今年度の「ホールアドバイザー企画」は、イギリスの作曲家ジョゼフ・フィブス(Joseph Phibbs)をフィーチャー。小川さんのために作曲された新曲を世界初演します。フィブスとはどのような作曲家なのか、そしてコンサートのプログラムについて、小川さんにお話を伺いました。
インタビュアー:後藤菜穂子(音楽ライター)
寂しさを漂わせ、激しさを秘めたフィブスの音楽
——作曲家ジョゼフ・フィブスさんとはどのように出会われたのでしょうか。
5年ほど前に、共通の友人を通じて出会いました。私が長年関わってきた英国自閉症協会の友人がフィブスさんを知っていて、私たちをつないでくださったのです。そして、すぐに私が主催している英国での「ジェイミーのコンサート」のために短いピアノ曲を書いてもらいました。それが今回の公演でも演奏する「NORIKOのためのセレナータ」です。
フィブスについて熱く語る小川典子
ジョゼフ・フィブス
私たちはすぐに仲良くなり、友達として話をするようになりました。ものしずかで奥ゆかしい人ですが、けっして寡黙というわけではなく、自分の曲のことは雄弁に話します。ひじょうに繊細で、どこか寂しい感じをいつも漂わせている人です。彼の曲は耳になじみやすいもので、夜や孤独を感じさせます。
——今回、須川展也さんと小川さんが日本初演されるサクソフォンとピアノのための「Night Paths」も夜がテーマです。この作品はどういった経緯で生まれたのでしょうか?
これは、コロナ禍のロックダウン中に生まれた企画でした。ここ数年、共演を重ねてきた英国のサクソフォン奏者ヒュー・ウィギンさんから、ソロのCDを作りたい、そしてそのために新しいサックスのための曲を何曲か委嘱したいのだけど、誰か作曲家を知らないかと相談され、私がフィブスさんを紹介したのです。そうしたら、とんとん拍子で話が進んで、「Night Paths」を書いてくれたのです。曲ができあがった直後に、ヒューとほやほやの曲を初見で弾いたときには、二人とも弾き終わって感動のあまりだまりこんでしまい、「これは次元の違うずば抜けた曲だね!」って言い合ったほどでした。この曲は先日もウィグモア・ホールで開かれたフィブスさんの個展でも演奏しましたが、お客さまもとても感動していました。
アルト・サックスの高音域から低音域まで駆使した曲で、ひじょうに高い音から徐々に下がっていく展開がひとつの魅力です。一方で、いったいフィブスさんのどこにこんな激しさを秘めているのか、と思うほど荒々しい部分もあります。
サクソフォン:須川展也 ⒸToru Hasumi
——委嘱新作の「ソナチネ」はどんな作品になるのでしょうか?作曲中に、フィブスさんと曲について話し合ったりしますか?
いいえ、していません。好きなように書いてもらえればと思っています。私の演奏をこれまで聴いて、それを頭の中で想定して書いてくれるわけですから。彼はいつも、私の音色について、彼自身が頭の中で描いているのに近いタイプの音色だと言ってくれていて、そのことはとても励みに思っています。
作曲家は生身の人間 その作品を紹介することの大切さ
——演奏会では、ラヴェルとシューマンの作品も取り上げます。ラヴェルの「ソナチネ」を入れたのは、フィブスさんの曲にちなんでいるのでしょうか?
ラヴェルの「ソナチネ」はもともと大好きな作品で、よく弾いてきました。ソナチネといっても、子どものときに弾くソナタのミニ版ではなくて、凝りに凝った、とってもおしゃれな作品です。若い時の作品ですが、本当に心憎い書かれ方をしていて、物悲しいところもあり、感情がきわまるところもあり、まさにラヴェルそのものといえる曲だと思います。作風は全く違いますが、考え抜かれた音を一つ一つ紡いでいくという点においてはフィブスさんの音楽とも共通点があるといえるかもしれません。一方、シューマン(3つのロマンス op.94、交響的練習曲)は、今回テーマとした「孤独と情熱」にもっとも合う作曲家なので取り上げました。フィブスさんの音楽とは方向性は違いますが、よい組み合わせだと思っています。
——21世紀を生きる音楽家として、作曲家に新作を委嘱することをどのようにとらえていらっしゃいますか?
クラシック音楽の場合、どうしても作曲家って生きていないと思われがちなので、作曲家は生きているんだ!ということをやっぱり奏者も知っているべきだし、聴いてくださる人も知っているべきだと思うんです。それに尽きますね。
ことの発端は、フィブスさんを日本に紹介したいというよりも、私のためにピアノ曲を書いてほしいということでしたので、こうした企画として実現できることをたいへん嬉しく思っています。そして、作曲家というのは生身の人間で、その人の頭からこういう曲が生まれてきたんですよ、ということを私を通して紹介できるのはとても大切なことだと考えています。
今回の委嘱作品は、一定期間は私に独占演奏権がありますが、そのあとは私だけではなく、みんなで弾き継いでいってもらいたい、という思いを強く持っています。委嘱新作というと、なにか変わった会場でマニアが聴いてそれっきりと思われがちですが、そうではなくて、今日までみんながベートーヴェンやブラームスを演奏し続けているように、そういった人の心に届く曲になってほしいと心から願っています。
——最後に聴衆のみなさんへのメッセージをお願いいたします。
私も英国での生活がずいぶん長くなってきたわけですが、こうした企画を通して、英国で信頼し合える音楽家たちがいるということを地元川崎のみなさんにご紹介できることをとても嬉しく思っています。これまでも英国からキャサリン・ストットさんやローナン・オホラさんらが来てくれましたが、今回は作曲家自身をお招きして、新作の初演に立ち会ってもらうというユニークな企画で、ミューザだからこそできる企画といえるでしょう。
きっと私たち奏者にとっても作曲家にとっても、そしてお客様にとってもとても貴重で大切な時間になるのではないかと思っています。そうしたみなさんの温かい思いがこめられた曲になると信じています。ぜひみなさんにその場に立ち会っていただけたら嬉しいです。
(ミューザ川崎シンフォニーホール友の会会報誌「SPIRAL」vol.79より)
ホールアドバイザー小川典子企画 「孤独と情熱」
【日時】
- 2024.2.23(金・祝) 14:00開演(13:20開場 プレトークあり)
【出演】
- ピアノ :小川典子
- サクソフォン :須川展也 ★
【曲目】
- フィブス:NORIKOのためのセレナータ(2018年小川典子委嘱作品)
- フィブス:5つのやさしい小品
- シューマン:3つのロマンス op.94 ★
- ラヴェル:ソナチネ 嬰ヘ短調
- フィブス:ソナチネ(小川典子委嘱作品/世界初演)
- フィブス:Night Paths(日本初演) ★
- シューマン:交響的練習曲 op.13
【チケット】
- 全席指定¥4,000 U25(小学生~25歳)¥1,500
【関連企画】「ジョゼフ・フィブス トーク&レクチャー ~作曲家は生きている~」
2024年2月21日(水)14:00開始 会場:市民交流室
出演:ジョゼフ・フィブス、菅野由弘、小川典子
日本作曲家協議会会長の菅野由弘氏を迎え、各氏の音楽観、日英のクラシック音楽シーンなど、小川典子のピアノ演奏を交えて幅広く語ります。(日本語通訳あり)
チケット:全席自由¥1,200