【特別インタビュー】オルガンの、音楽の<あした>はどこへ? 松居直美インタビュー
2022.08.19
ミューザのホールアドバイザーであるオルガニスト松居直美さんのシリーズ『言葉は音楽、音楽は言葉』。
10月1日(土)に開催される、Vol.4《あした》公演に向けて、企画者である松居さんに、企画に込められた想い、今回登場する三人のオルガニストについて、またオルガン界への想いを伺いました。
松居直美
ミューザ川崎シンフォニーホール・ホールアドバイザー。
オルガニストとして世界的に活躍しており、演奏だけでなく、教育・啓蒙活動も意欲的に行っている。
普遍的な言語ともいえる音楽を、様々な角度から感じてほしい
―――どんな想いから「言葉は音楽、音楽は言葉」シリーズをスタートされたのでしょうか?
昔から、音楽は人に何かをつたえる手段でした。
ただ言葉を話すだけでなく、朗誦にして歌うように話す伝え方というような習慣もありましたよね。その後の時代になると、だんだん言葉のない音楽からも、何かを伝えられる、という風に音楽家も考えるようになり、修辞学の発想があった時代もありました。
でも、言葉にもできることを音楽で伝えるというのには、言葉とは違う有利さもあると思っています。
言葉は、その言語が分からないと伝わらないけれど、音楽なら、ドイツ語が分からなくても、ドイツの音楽で直接伝えることができる。ある意味ですごく、音楽というのは、インターナショナルで普遍的な言語といえるのではないでしょうか。
その普遍的な言語である音楽を、様々な切り口で感じていただけたらおもしろいんじゃないかな、と思い、このシリーズをスタートしました。
これまでは、言葉で成り立っている演劇と、そうではない音楽を組み合せてみたり、身振りだけで伝えるマイムと、音だけで伝える音楽を組み合わせてみたり、いろんなことをやってみています。
コロナ禍だからこそ、若い世代に未来を聞きたかった
―――今回のテーマである「あした」はなぜ選ばれたのですか?
やはりここ数年のコロナ禍のことが出発地点です。
今年になって突然戦争もはじまってしまいましたが、これらの捉え方は、世代によって、例えば若い人と、私やもっと上の世代では、全く違うと思うんです。
私たちの世代はやはり”コロナ前”を長く生きていて、その時代をある意味で謳歌できた。今までを前提に、今度はああしようこうしよう、もっとこうできるんじゃないか、と考えていくことができた。それがこのコロナ禍で、突然否定されてしまった訳です。
一方、今回出演してもらうような若い世代というのは、「さあ、これから頑張っていくぞ!」というときに、この衝撃的な事態がやってきたわけですよね。ただ同時に、年上の世代に比べると例えばその生命のリスクは少なくなってきている。
コロナによって壊されたもの、あるいは新しく生まれたもの、というのがそれぞれの世代にあるわけで、若い世代がそれらをどう受け止めて、アフターコロナをどう描いているんだろう?と、それが知りたいなと思ったんです。
もちろん、今は先を見通せないけれども、彼らはこれからの時代の方が長い。私たちに比べて圧倒的に、これからの活動期間の方が長いわけです。そういう立場の世代が、この2年をどう受け止めて、これからをどう活動していきたいと考えているのか。私自身が話を聞きたいと思いました。
―――確かに、これまでは他ジャンルとのコラボレーションが中心でしたが、今回は「あした」をテーマに、オルガニストがそれぞれプログラムを考えるスタイルの企画ですね
例えば、一時はライブでの演奏が全くできなくなりました。その結果オンライン配信が拡がったけれども、その限界も当然あって、良い面もあるし足りない面もある。
その中で、特にオルガンは、アコースティック命というか、空間が命みたいな楽器なわけです。
でも、オンライン配信をスマホやイヤホンで聴く人には、オルガンの倍音の響きや、ホール全体が鳴り響いて、身体でも響きを体感できる感覚を味わってもらうことはできない。
そんな中で、じゃあどうやっていくのか、どうしたら次が、明日があるか。
若い人たちはオンライン配信なども身近かもしれないけれど、だからこそ、そこをどう考えているのかな?とすごく思ったんですね。
もしかすると、全然そんなこと考えていないのかもしれないです。
実はコロナが変えてしまったものってすごく大きいと思うし、今後、完全に昔のようには戻らないだろうけれども、そんなのは若さのパワーで蹴散らしていくのかもしれない。
さらに、戦争も大きくいろんなことを変えましたよね。
今は離れた場所の話ですが、今後どうなるかわからない。
そういう、今まで思いもしなかったことを考えなければいけなくなった数年です。
その、「あした」を考えてほしい。
コロナ禍によって、この2年で強制的に世代交代が促された面もあります。
今回選んだ3人のオルガニストは、明らかに次の、何年後かを担っていく世代です。
だから、頑張ってね! という激励の意味もありますし、応援できるところは応援していきたい。
そのためにも、彼らがアフターコロナに何を描いているか、「あした」をどう生きていくのか、どういう「あした」を、私たちの世代はサポートしたらいいのか、知りたいと思いました。
現代音楽が得意な三人。今や未来への感度が高い人たち
―――今回のオルガニストさん3人を選ばれた理由を教えてください
この三人の現代曲の演奏が好きなんです。
三人それぞれ、とてもいい、おもしろい演奏をするんですよね。
現代曲がいいということは、新しいものに対しての興味を持っている奏者かなと選びました。
現代曲は、「今」や、「これから」っていうものに対してアンテナがあるっていうことだと思うので。
―――3人から出てきたプログラムをご覧になって、いかがでしたか?
そうですね、とにかく今のこの状況に閉塞感を感じているだろうなと思ったのは、大平さん。
意図的に新しい作品ばかりで構成されていて、とにかく新しく前に進みたいんだな、と受け取りました。
待っていてもだめなんだ!という想いが、プログラムにも出ているとでも言うか。
コンセプトがはっきりしているし、曲目と一緒に届いた彼のコメントにも「どんどん新しいものが出てくるんだ!」といったことが書いてありましたし。
石川さんは、ずっとフランスにいらしたから、コロナ禍に対しての受け止め方がまた違うのかもしれませんね。
フランスなどは、今すでにマスクを外して普通に生活しているし、日本に比べて、ある意味で音楽が守られているというか、オルガニストが世の中で当たり前に存在している社会でもあります。
社会の営みの中にオルガンや教会が組み込まれているから、弾く機会もまったくなかったというわけではないだろうし、そういう安定感を感じました。
プログラムも非常に牧歌的というか、詩的なプログラムが来ましたよね。
三上さんは、聴き手に寄り添った大人のプログラムだなと思いました。
J.S.バッハ作品を演奏するのは今回彼女だけですし、フランク・イヤーでもあるので、そこを楽しむこともできる。
私は三上さんの現代曲の演奏がすごく好きなので、もっと現代曲がたくさんあるプログラムになるかなと思っていましたが、今回1曲だけなのはちょっと意外だったかな。
でも、この寄り添ったプログラムの背景にも、今をどう生きるか考える若い世代の現実があるのかなと思いました。
予測がつかない時代を、頑張ってほしい
―――3人へのメッセージはありますか?
大変な時代だけれども、頑張ってほしい。
ですね。
予測不能な時代です。
もしかしたら今後、音楽どころじゃなくなるかもしれない。
全てが杞憂に終わればいいけれども、本当に予測できない時代に突入してしまった。
そういう中だけれども、頑張ってほしい。
オルガンの明日を担う人たちだと思うので。
―――ありがとうございました
ホールアドバイザー松居直美企画 言葉は音楽、音楽は言葉 Vol. 4 《あした》の詳細はこちらから
【日時】
2022年10月1日(土) 14:00開演
【出演】
パイプオルガン:三上郁代、大平健介、石川=マンジョル 優歌
【曲目】
J. S. バッハ:幻想曲とフーガ ハ短調 BWV 537(三上)
C. フランク:コラール第1番 ホ長調(三上)
F. リスト:『オルガンのためのミサ』より サンクトゥス、ベネディクトゥス(大平)
K. ヨハンセン:賛美(日本初演)(大平)
C. ドビュッシー:月の光(石川)
C. サン=サーンス:死の舞踏(石川)
C-M. ヴィドール : オルガン交響曲第10番「ロマネスク」より 終曲(石川) 他