新春特別インタビュー 原田慶太楼が語る、川崎の未来
2022年がスタートしました!
年のはじめにお贈りするのは東京交響楽団正指揮者 原田慶太楼さんの特別インタビュー。コンサートホールとフランチャイズオーケストラのある「音楽のまち・かわさき」にどんな未来を描くのか。いま話題のマエストロに大いに語っていただきました。(取材・ミューザ川崎シンフォニーホール)
音楽をきっかけに応援するチームを作りたい
東京と神奈川は、世界で最も多くのクラシックコンサートが行われているエリアだと言えます。オーケストラもコンサートホールの数も、世界一。これほど音楽が盛んな都市圏はほかにはありません。それは素晴らしいことです。でも、その中にたった一つでいい、愛着を持って応援するオーケストラを持ってほしいのです。例えば川崎には川崎フロンターレというサッカーチームがあります。ファンはフロンターレに大きな愛情を注ぎ、尽くしています。スポーツチームのように、音楽をきっかけに自分が応援したくなるようなチームを作りたいというのが僕の抱負です。それがミューザ川崎シンフォニーホールであり、そこをホームグラウンドとする川崎市フランチャイズオーケストラの東京交響楽団です。この2つを応援するコミュニティを作っていきたいですね。
ミューザと東響という組み合わせが、もっとブランドとなるべきだと僕は思います。それには「川崎でしかできないこと」をもっとやっていかなくてはなりませんね。川崎に来なくては聴けないこと、体験できないことこそ、ここでやっている価値があるわけです。
指揮:原田慶太楼 ソプラノ:小林沙羅 バリトン:大西宇宙 合唱:東響コーラス(合唱指揮:冨平恭平)
一文字変えただけで大成功!? ファンを創出するアイデア
JR川崎駅を見てください。ものすごくたくさんの人が毎日駅前を歩いています。そのうちどれほどの人が、ミューザと東響をブランドとして認識しているでしょうか? 川崎駅の1日の乗降客数が40万人、ミューザの年間来場者数が20万人です。彼らが1年のうち2時間でもミューザに来てくれるだけで、常に全公演満席になりますよ(笑)。ミューザって、駅から橋を渡ってくるじゃないですか。その先の音楽とつながるための橋を、どう作るか。クラシックのコンサートには何を着ていったらいいんだろう?と思った時点でバリアがあるんです。そして、周りからそのバリアを取るのは難しいのです。ホールとオーケストラがクリエイティブになれば提供できることはたくさんあります。
僕はアメリカで本当にたくさんの楽しいプロジェクトをしてきたんですよ。たとえば、交通機関が混んでいる通勤時間帯を避けて、ゆっくり帰ってもらうための「ラッシュアワーコンサート」というのがありました。これは僕が来る前からそのオーケストラでやっていたのですが、実はあまり上手くいっていませんでした。ターゲットであるはずのオフィスワーカーよりもシニアの方が多く、目的と実態が合っていなかったんですね。なので僕は「Rush」を「Lush(俗語で酔っ払いという意味)」に変えました。こちらのラッシュコンサートはビアホールでやったんです。オーケストラのメンバーも譜面台の横にビアジョッキが置いてあるんです。僕ももちろん、譜面台に駆け上がったらビールをぐっと飲みほして、それから演奏!なんてことをやるわけです。RをLに変えただけで、瞬く間に完売(笑)。
オーケストラのファンを作るために、楽団員のプレイヤーカードを作ったこともありました。プロ野球カードみたいなものですね。これはもらうのが難しいんです。コンサートの日、2人だけ楽団員がロビーにいるのですが、その時に直接あいさつした人に手渡しするというシステムなんです。つまり、1回の演奏会では2枚しかもらえない。オーケストラが80人いるとすれば、全員分集めるには40回通わなくてはならないんです。しかも、そういうところに出てきたがらない楽団員もいますから、そういう人は逆にレアキャラで入手困難カードになるので人気が出るんですよ(笑)。そのカードのコレクターズブックも作りましたがすぐに売り切れました。日本でもコレクションが好きな方は多そうだから、やってみてもいいんじゃない?
Relevance オーケストラとコミュニティのつながりを考える
僕はオーケストラの年間プログラムを考えるときに、そのオーケストラが地域とどうつながっているかを考えることから始めます。まちにとって、この組織は意味のある組織になっているのかどうか。
他のホールやオーケストラがやって成功しているからこれをやろう、という発想では物まねになってしまいます。スーパーオリジナルなことをしないと、個性にはなりませんし、この地域にとってもメリットになりません。
川崎市の全員にクラシックを好きになってほしいというのは無理ですし、一方的なことだと思います。地域のためのプログラムを考えるというのは、さまざまなジャンルをクロスさせて、この地域の全員が、一度は行ってみたいと思えるコンテンツを考えるということでもあります。音楽という言葉は「音」を「楽」しむと書きますよね。クラシックでもポップスでも、ジャズでも演歌でも、音楽は音楽です。音を聴いて心が動く、ホールに行きたくなる。たとえばポップスのコンサートの開演前に、東京交響楽団のメンバーがロビーで演奏していたっていいんです。クラシックだからクラシックの場でしかやっちゃいけないとか、そんなところでやる意味がないとか、そういうことではなくて、ホームオーケストラとしていつもミューザには東響が染みついている。それがアイデンティティになっていくんです。
僕は、オーケストラを聴かない人にもよく話を聞きます。僕のコンサートは知り合いだから行くけれど、他のコンサートは行かない、という人がいれば、だったらどういうコンサートだったら行きたいと思う?と質問してみるんです。僕のアイデアはそういう人たちとの対話から生まれるんですよ。
日本の音楽界は「楽しい」よりも「真剣」ですよね。超真面目!でも僕は超楽しみたい!(笑)。面白いアイデアはたくさんあります。真剣にコンサートを聴きたい人からすれば、はっきり言ってそうした仕掛けは邪魔でしょう。でも、聴衆の層を広げるためのコンサートでは必要なこともあります。全員に不満がないコンサートなんてない。誰にも文句を言われたくないということだけを考えていたら、意味のあることはできません。
川崎の100年、ミューザの20年に向けて
2024年に川崎市は市制100周年、そしてミューザ川崎シンフォニーホールは開館20周年になるそうですね。せっかくですから、100と20という数字にこだわりぬいた企画をぜひ考えたいです。
そして何より、ホストコミュニティ、ホストホール、ホストオーケストラ、このトライアングルが川崎のアイデンティティです。
2021年フェスタサマーミューザKAWASAKIのフィナーレコンサートで披露した「かわさき=ドレイク・ミュージックアンサンブルプロジェクト」はその大きな一歩でした。川崎市内の特別支援学校の子どもたちをはじめ、障害のある人もない人も一緒になって曲を作り、ミューザで東響が演奏しました。こんな試みは、日本では初だったのではないでしょうか?
僕には目標があります。コンサートの終演後、立って拍手をする「スタンディングオベーション」を当たり前にできる客席を作っていきたいんです。最近、スタンディングオベーションで指揮者を称えました!という写真がありますが、よく見たらあれは帰り際のお客さんたちが立ってるだけだったりして。あれに騙されちゃいけない(笑)。逆に言えば、拍手はしたくなければしなくていい。礼儀だからするものではなくて、最初に言ったように、わが町のホールやオーケストラを、スポーツチームのように応援する文化を作っていきたいんです。コミュニティが一番の味方です。川崎市、ミューザ、東響、このトライアングルで、ここにしかない音楽をたくさん作っていきましょう!
★今後の原田慶太楼さん出演コンサート
2022年5月28日(土)モーツァルト・マチネ 第49回
2022年9月25日(日)名曲全集第179回