ベ ートーヴェンに曲を捧げられたサリエリ ~かげはら史帆のベートーヴェンコラムvol.8~
2020.07.21
『交響曲第1番』が書かれはじめた1799年。
28歳のベートーヴェンは、ウィーンの宮廷楽長にある作品を献呈しました。
宮廷楽長の名はアントニオ・サリエリ。映画『アマデウス』ではモーツァルトの才能に嫉妬の炎を燃やした凡才音楽家として描かれていますが、このキャラクター設定はあくまでもフィクション。実際は、モーツァルトをしのぐ勢いで活躍し、『ダナオスの娘たち』『タラール』などのヒット作を世に送り出したオペラの大家でした。
ウィーンの楽壇のトップに君臨するこの先生に、若いベートーヴェンが作品を献呈したのは、おそらくある種の戦略にもとづいてのことでした。当時のベートーヴェンは、ピアニストとしてはすでに有名でしたが、作曲家としてはまだ駆け出しで、交響曲もようやく書きはじめたばかり。献呈の許可を受け、出版譜の表紙に「宮廷第一楽長 サリエリ氏へ献呈」と明記すれば、音楽ファンから注目されるに違いない……!
かくして、サリエリへの献辞とともに世に送り出された作品。それが『3つのヴァイオリン・ソナタ』(作品12)でした。若い作曲家の野心と才能を、サリエリは好意的に受け取ったのでしょう。その後、ベートーヴェンにイタリア歌曲の指導をおこなっています。ベートーヴェンの作曲家としてのステップアップの陰にサリエリがいたことは、もっと知られてもしかるべきでしょう。
(かげはら史帆/ライター)
「特別企画!かげはら史帆のベートーヴェンコラム」関連コラムはこちら
かげはら史帆
東京郊外生まれ。著書に『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』(柏書房)『ベートーヴェンの愛弟子 フェルディナント・リースの数奇なる運命』(春秋社)。ほか音楽雑誌、文芸誌、ウェブメディアにエッセイ、書評などを寄稿。
https://twitter.com/kage_mushi