ベートーヴェンを描いた画家 ~かげはら史帆のベートーヴェンコラムvol.1~
2020.07.21
『交響曲第3番「英雄」』を作曲していた1803年。
32歳のベートーヴェンは、ある画家の訪問を受けました。
画家の名はヴィリブロート・ヨ-ゼフ・メーラー。当時ウィーンに来たばかりの20代の青年でした。友人ブロイニングからの紹介を受けてメーラーに会ったベートーヴェンは、気さくに彼を出迎え、ピアノで「新しい交響曲」──つまり当時書いていた交響曲第3番の終楽章と、2時間にもおよぶ即興演奏を披露したそうです。
そのときの感激を絵筆で表現したかったのでしょうか。翌年から翌々年にかけて、メーラーは1枚の肖像画を手がけます。いわゆる胸から上の肖像ではなくほぼ全身が描かれている大作で、画家の気合がうかがえます。しかしこの絵には1点、大きな謎があります。彼が左手で触れている楽器──リラ(竪琴型の楽器)なのです。メーラーが聴いたのはピアノの演奏のはず。それなのに、なぜピアノではなくリラを描いたのでしょうか?
ベートーヴェンに古代の楽器をあえて持たせ、神聖なイメージを与えたかったのだろう──今日ではそのような見解が主流となっています。よくみると、上げられた右手の奥にはアポロンの神殿も見えます。作曲家としては人気が出始めたばかりの1803年。しかしこの頃からもう、ベートーヴェンを神聖化する動きは始まっていたのです。
メーラーによるベートーヴェンの肖像画
(かげはら史帆/ライター)
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かげはら史帆
東京郊外生まれ。著書に『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』(柏書房)『ベートーヴェンの愛弟子 フェルディナント・リースの数奇なる運命』(春秋社)。ほか音楽雑誌、文芸誌、ウェブメディアにエッセイ、書評などを寄稿。
https://twitter.com/kage_mushi