ヴァレーズ:密度 21.5
2018.11.12
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東京交響楽団・首席フルート奏者 甲藤さちさんが語る「名曲のツボ」は、ヴァレーズ作曲「密度 21.5」。ノット監督とのやりとりから見えてきたという作曲家ヴァレーズの姿とは?また「アメリカ」「英雄の生涯」と続く今回のプログラムに、ノット監督が込めたストーリーとは?コンサートの前に、ぜひご覧ください!
プラチナの比重がタイトルになった曲
ノット監督のプラチナフルートで演奏します!
首席フルート奏者 甲藤さち
12月の「名曲全集」は、オーケストラのコンサートでは異例の、無伴奏フルートのための作品で始まります。エドガー・ヴァレーズ(1883~1965)の「密度 21.5」。この無機質な題名は、現代のフルートの素材である木、銀、金などと並ぶプラチナの金属の比重を示しています。1936年フランスのフルート奏者ジョルジュ・バレールが世界で初めてプラチナ製のフルートを開発し、その楽器のお披露目演奏のためにヴァレーズに作曲を依頼しました。受け取った作品が「無題」となっていたので、何か題名をつけてほしいとお願いすると、プラチナの比重がそのまま命名されたということです。代表作の「イオニザシオン(電離)」はじめ、「ハイパープリズム(超分光機)」、「アンテグラル(積分)」など、ヴァレーズの作品の題名は、かつて彼がエンジニアリングを学んでいたことを彷彿させます。
新しい楽器や電子音などを次々と開発し、“電子音楽の父”とも呼ばれる実験的な作曲家がフルートのソロにために書いた唯一の作品で、どんな過酷な現代奏法を求めるのかと期待されるかもしれませんが、特殊奏法としては、キータッピングといって、キーを叩いて打楽器的に鳴らしながら吹く奏法が少々。しかし厳密に指定されるゆったりした2種類のテンポの指示や、最低音のCから最高音ハイDまでの幅広い音域、pからfffまでの極端なダイナミックレンジがたくさん書き込まれ、アコースティックな音色によって時間と空間を最大限に表現するような作品となっています。
私は、独白さながらに始まるこの曲が、晩年近くまで不遇の連続だったというヴァレーズの孤高の人生とリンクして、自らの内面と向き合う叫びのようなものを感じていたのですが、ノット監督とのメールのやり取りで、また、別の側面を教えられました。孤独や葛藤もあるかもしれないが、まだ誰も到達してないゴールへの憧れや切望が表現されているのではないか? また、他の電子音楽作品で聴かれるような、近代化された新しい素材の楽器に人間の可能性への飽くなきロマンが見えないだろうか……?
そして「密度 21.5」から間を置かずに続けて演奏される巨大な5管編成による「アメリカ」(1917~21)は、フランス生まれのヴァレーズが、過去の作品や故郷を捨てて1915年にアメリカに渡ったのちの最初の作品です。アルト・フルートのソロで始まるその第一声は「密度 21.5」のフルートの最後の音と同じHを受け継ぎ、何度となく問いかけるようなフレーズを繰り返しますが、やがて喧騒に飲み込まれていきます。しかし、ノット監督は、やはり、ヴァレーズが決して巨大なアメリカを得体の知れぬ怖ろしいだけの未来都市だとは考えず、むしろ好奇心や期待に満ち、テクノロジーの新世界を楽しもうとしていると――。
休憩後はR.シュトラウスの「英雄の生涯」です。若きヴァレーズは、R.シュトラウスの音楽に大きな影響を受け、親交も持っていました。ノット監督のプログラミングにはいつも必ずストーリーがありますから、もしかすると今回はヴァレーズの人生ドラマにもリンクさせているのでは……と思えてきます。
フルートを勉強されたというノット監督、実は素晴らしいプラチナの楽器をお持ちです。力強い音色や、音量の幅が広いこの素材にとても可能性を感じているということで、これまでも何度か東響で使わせていただきました。今回、私は、監督のミッションにより、新しい素材による“ロマン”の響きと“現実社会”を表すテクノロジー音楽の間に存在する“Guardian”(*)のような役割で演奏会に臨むことになるようです。
「密度 21.5」だけでなく後の2曲もプラチナフルートで演奏します。ノット監督のポジティブな世界観をお楽しみに!
*保護者、監視者、後見人の意。英国の代表的な高級日刊紙の名前でもある。
ミューザ川崎シンフォニーホール友の会会報誌「スパイラル」Vol.58(2018年10月1日号)より転載/取材 榊原律子
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ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第143回
【日時】2018年 12月16日(日)14:00開演
【出演】指揮:ジョナサン・ノット フルート:甲藤さち *
【曲目】ヴァレーズ:密度21.5(無伴奏フルートのための)*
ヴァレーズ:アメリカ(1927年改訂版)
R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」 Op.40