文：宮本明（編集・ライター）

　いよいよ来週末は、ノット×東響「サロメ」。その事前講座「シュトラウス《サロメ》に一歩踏み込んだ楽曲解説」のレポート後半は、音楽学者・広瀬大介さんが譜例を引用しつつ、シュトラウスの音楽に迫ります（前編からつづく）。

　シュトラウスが《サロメ》に埋め込んだ、暗号のような情報。それを広瀬さんはピアノを弾きながら読み解いてくれた。

　《サロメ》は前奏曲なしでいきなり本編が始まる。わずか2小節の短いオーケストラ・パートに続いてすぐ、衛兵隊長のナラボートが歌い出す。
「2小節だけで、一瞬のうちにふわっと始まってしまう。ここにこそ、シュトラウスのオペラにおける作曲技法の特徴である『凝縮』が見て取れます」

　音楽はまず、アウフタクト（弱起）の1拍で、クラリネットが32分音符の細かいスケールを駆け上がる（【譜例1】の青い音符）。
「調号が♯4つなので嬰ハ短調。でもこのクラリネットは嬰ハ短調の音階ではないんです」
　通常なら嬰ハ短調の旋律的短音階【譜例2】でよさそうなところ。しかしスケールの前半はその音階内の音であるものの、後半のレのナチュラルやファ##は調性外の音だ。
　「ねじれている。しかも、これみよがしに『ねじってますよ！』ではなく、一瞬で。まず1箇所、引っかかりを入れているんですね」
　そして、さらにクラリネットが続ける【譜例1】の赤い音符を、広瀬さんは「サロメ・モティーフ」だと分析する。ワーグナーでもおなじみの「ライトモティーフ（示導動機）」だ。それが、上述のねじれた音階、“引っかかり”によって、より強く印象づけられて登場する仕掛けになっている。
　「作品全体を支配する、サロメを表すモティーフだと考えられます。折に触れて、サロメの性格だとか、あるいは喜怒哀楽の気分だとかを表現します。「①」としたのは、サロメのモティーフが、おそらくもうひとつあると考えられるからです。①はどちらかというとシリアスな面、もうひとつはサロメの少しくだけた面を表すモティーフとして登場します」
　そして4小節目でようやく嬰ハ長調の落ち着いた響きになって、ナラボートが「今宵のサロメ姫は何たる麗しさ」と歌い出す。
　広瀬さんはここまでを5分ほどかけて丁寧に解説してくれたのだが、実演ではおよそ5秒。あっという間だ。
　「この2小節＋1拍の短い時間に、それぐらいの情報量が詰まっているのです。しかもそれが何気なく、一瞬で通り過ぎてしまう。席について、アメを取り出しているうちに聴き逃してしまうかもしれませんよ」
　ワーグナーが、たとえば《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の第1幕の前奏曲で約10分かけてやったのと、ほぼ同じことを、シュトラウスは数秒でやってしまったのだと広瀬さんは言う。
　「《サロメ》は全1幕100分です。100分で息もつかせずにすべてを聴かせ切ろうという作品において、前奏曲で10分かけるのはつらいですよね。シュトラウスは、だったら前奏曲はやめて、そのぶんの音楽的情報を、とにかく凝縮して詰め込んでしまおうと考えたに違いないのです。ここに『凝縮』の意味がこもっています。
　ですからどうぞ、開演の5分前にはアメを口に入れて、心身の状態を整えて、ぜひ全身を耳にして一音も聴き漏らすまいという意気込みで、それを感じ取ってください」
　ちなみにサロメ・モティーフ②が最初に出るのは、第2場のサロメ登場シーン。既出のサロメ・モティーフ①と結びつけて登場する。【譜例3】

　「ただし、ライトモティーフの意味は、一義的に「A＝B」ではなく、多義的・重層的です。それを変形させたり組み合わせたりしながら大きな作品を作っていく。そこがまさにシュトラウスの作曲技法の真骨頂なのです」
　レクチャーは、そのサロメ・モティーフのさまざまな使われ方を中心に、調性とドラマがどのように連動しているかなど、足早ながらもまさに「一歩踏み込んだ」解説が次々に繰り出された。
　「マクロで全体の流れを見ても破綻がないし、目を楽譜に近づけてミクロに見ても、音楽的な意味が細部に隠れている。どんなパースペクティブで眺めても非常によくできているのが《サロメ》という作品なのです」
　広瀬さんが教材として用いたのは、先述の近著『リヒャルト・シュトラウス／楽劇サロメ（オペラ対訳×分析ハンドブック）』（アルテスパブリッシング）。見開きの左ページに対訳、右ページにはその部分の音楽分析がレイアウトされている。オペラの解説書というと、内容がどうしても作品の成立経緯とあらすじに偏りがち。ふんだんな譜例も用いながら音楽を丁寧に分析してくれる本は貴重だ。あなたを「オペラ沼」へと誘う、禁断の魅惑の書。

　最後に広瀬さんは、今回の題名役を歌うリトアニア出身のアスミク・グリゴリアンの魅力を紹介して90分の講座の締めくくった。
　「彼女が出演した2018年ザルツブルク音楽祭の《サロメ》（＊）を現地で見ることができたのですが、本当に彼女の一人舞台。他の歌手をすべて圧倒する存在感を放っていました。声そのものの強さで聴き手を引きずり込むタイプ。あれから4年が経ち、さらに経験を積んでいますから、考え抜かれた、音楽的なサロメを聴かせてくれると期待しています。そしてジョナサン・ノットと東京交響楽団も、きっと何か、今までに聴いたことがないような、ノットの頭の中に鳴っている理想のシュトラウス、理想の《サロメ》を現出させてくれるのではないかという期待を抱きながら、その日を待ちたいと思います」

＊フランツ・ウェルザー＝メスト指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団／ロメオ・カステルッチ演出。DVD／Blu-rayが発売されている。

文：宮本明（編集・ライター）

　ジョナサン・ノット&東京交響楽団によるR.シュトラウス歌劇 《サロメ》（演奏会形式）までもうまもなく！　公演の関連イベントとして10月20日（木）に開催した事前講座第2弾の様子をレポートします。題して「シュトラウス《サロメ》に一歩踏み込んだ楽曲解説」。9月に開催した入門編「はじめてのシュトラウス・オペラ、はじめての《サロメ》」に続く上級編。講師は入門編と同じく、音楽学者の広瀬大介さんです。

　「《サロメ 》は、一度では聴き取れないほどの情報量が詰まったオペラ。それを知り、11月の上演で感じ取ることができれば、（シュトラウスの）オペラという沼から抜け出せなくなる。私がまさにそうでしたから」
　そう説くのは、この講座の講師・広瀬大介さん。テレビや雑誌などさまざまなメディアでの活躍もおなじみの広瀬さんは、日本リヒャルト・シュトラウス協会常務理事・事務局長も務める気鋭の音楽学者だ。
「（サロメをひもとく論点に）きょう私がズバズバと明快な解答を与えるとは思ってほしくないんです。問いをみなさんと共有することで、一緒に進んでいきたいと思います」
　と謙虚に前置きしたが、もちろんそんなはずもない。知的好奇心をビシビシと刺激する卓見を、しかも楽しく披露して受講者を引きつけた。
　会場のミューザ川崎市民交流室には、入門編を上回る40人ほどの参加者。なにせ「《サロメ》に一歩踏み込もう」という熱心な上級者ばかりだ。持参したフルスコアをめくる人や、広瀬さんが6月に上梓した解説本『リヒャルト・シュトラウス／楽劇サロメ（オペラ対訳×分析ハンドブック）』をカバンから取り出して講義に備える人が多数いて、なんだかただならぬ意気込みが、静かに漂っている。

　レクチャーは「シュトラウスがなぜ、この複雑ですごいオペラを書くことができたのか」というお題でスタートした。広瀬さんはその根本的な要因としてまず、シュトラウス自身の創作人生から、2つの歴史的な背景を挙げる。ここは9月の「入門編」のおさらい的な基礎知識でもある。
　R.シュトラウスは1864年生〜1949年没。当時としてはかなり長命で85歳まで生きた。《サロメ》は1905年、41歳で完成した3作目のオペラだ。広瀬さんは、シュトラウスがすでに20代から交響詩の分野で成功していたことをポイントに挙げた。《ツァラトゥストラはかく語りき》（1896）、《ドン・キホーテ》（1897）、《英雄の生涯》（1898）……。《サロメ》までに、すでに管弦楽法の名手として名声を得ていたのだ。
　もうひとつの背景が、ソプラノ歌手の妻パウリーネの存在。1894年にシュトラウスがバイロイト音楽祭でワーグナーの《タンホイザー》を指揮した時にエリーザベトを歌っていたのがパウリーネで、二人はすぐに恋に落ち結婚した。シュトラウスの一方の主要ジャンルである歌曲作品の創作に、彼女が大きく関わっていただろうと、広瀬さんは言う。おそらくは彼女の助言も得ながら、シュトラウスは精力的に歌曲を作曲した。《サロメ》までに、今日声楽リサイタルで歌われているシュトラウス歌曲の7割ほどはすでに生まれている。
　「このように、一方にオーケストラ作品という柱、もう一方に歌曲という柱があった。これを融合してオペラを作ろうというのは当然の流れです。《グントラム》（1892）、《灯の消えた街》（1901）に続く3作目のオペラである《サロメ》でついに、オーケストラの説得力・表現力と、“歌” ── 歌手の声を最大限にうまく響かせる技術が結合し、最大の傑作が生まれたのです」

　ではシュトラウスが、はたしてどんな作曲技法を用いて自らのオペラ世界を確立したのか。それがこの日のレクチャーの大きなテーマであり、広瀬さんはキーワードに「ワーグナーの技法の凝縮」を掲げる。
　ワーグナーの楽劇の集大成ともいえる《ニーベルングの指環》四部作が初演されたのは1876年。そこから《サロメ》まで約30年が経っているものの、19世紀末の作曲家がオペラを作る際に、ワーグナーという巨大な山を無視して進むことはできない。シュトラウスは最晩年に「私はワーグナーの山を迂回しただけ」と述懐しているそうだが、「いやいや。シュトラウスは、ワーグナーの技法を、本質的なところにおいて凝縮したのです」と広瀬さん。
　「ワーグナーは“長い”というイメージがあると思います。実際、たとえば《ニュルンベルクのマイスタージンガー》は第3幕だけで2時間もかかる。シュトラウスは、情報量を変えずに、ワーグナーの技法を一瞬のなかに凝縮しようとしたのです」
　しかし「凝縮」には良いところだけでなく悪いところもある。ワーグナーだって、いたずらに長大なオペラを書いたわけではない。聴衆が自分の技法とその意味を咀嚼（そしゃく）するためにそれだけの時間が必要だと考えたからこその重厚長大なのだ。事実、時間は有限だから、情報量を凝縮して一瞬の短い時間に詰めてしまうと、聴衆が情報を聴き取れないまま、その一瞬を逃してしまう恐れがあるわけだ。そして、冒頭に掲げた広瀬さんの発言どおり、《サロメ》はまさに、一度では聴き取れない情報量が詰まったオペラなのだ。広瀬さんは言う。
　「でも、オペラ・ファンがそれを知らずに一生を終えるのはもったいない」
　知らなければ聴き取ることさえ難しいとはまるで埋め込まれた暗号のような話。シュトラウスが仕掛けた情報とはいったいどんなものか。広瀬さんはそのいくつかの例を具体的に明かしていく。

（後編へ続く）

東響楽団員が語るノットの魅力、《サロメ》への期待

　ジョナサン・ノット音楽監督9年目のシーズン、ますます快進撃を続けるノット×東京交響楽団の名コンビ。その舞台裏に迫るべく、ぶらあぼによる東響楽員座談会が7月に開催されました。メンバーはコンサートマスターの水谷晃さん・小林壱成さん、ヴィオラの青木篤子さん、クラリネットの近藤千花子さん、ホルンの大野雄太さんの5名。ぶらあぼONLINEで掲載された全4回の連載記事から、オペラ・シリーズ第一弾（ダ・ポンテ3部作）での数々のエピソードや、今秋の《サロメ》への大いなる期待が語られた後半回を編集部の許可を得て転載します。仲間同士の気負いない会話のはしばしに、ノット監督への信頼と尊敬をひしひしと感じる楽屋トーク、ぜひご覧ください。

[編注：印象的だったノット監督公演でのエピソードを中心に、彼の魅力やオーケストラとの関係性についてあれこれ話してきた5人。話題は、オペラ・シリーズ第一弾のエピソードへ]

水谷　ホールオペラってのがあったんですよ、ダ・ポンテ3部作をやった。

大野　もうすごい企画で、今でもやっぱり鮮烈に記憶してるね、あれは。

水谷　もう1回目のコジが衝撃的だった。コジ・ファン・トゥッテ、ドン・ジョヴァンニ、フィガロの結婚の順番だったかな。弦楽器は編成が小さいから皆参加したくて争奪戦になったもん。

近藤　そうなんだ。

水谷　まずコジは様子見って感じでみんな入ってて、それが良かったから、爆発的になって。じゃ次も！ みたいな感じで。

青木　（笑）

小林　ノット監督のキャリアは歌劇場からスタートしてますもんね。

大野　彼のチェンバロがすごく面白い。

水谷・青木・近藤　そうなんだよ！

青木　よかったよねー。またニヤニヤしながら弾くんだよねー。

小林　（笑）

近藤　ドン・ジョヴァンニだったかな、1回歌手が落ちて（暗譜が一時的に飛んでしまうこと）。チェンバロ弾きながら楽譜指して、ここ、ここ！みたいな。

水谷　歌手も最高だから、落ちたとかじゃなくてその瞬間もドラマにしちゃう。

近藤　そうそうそうそう。

水谷　反則だよね（笑）笑いを取っちゃう。

近藤　こっちも笑っちゃうし、なんかすごく舞台に”参加してる” って感じ。

水谷　そうそう、巻き込んで参加してる。

小林　まあでも、それはそれなりの違うスタンスでってことで。

大野　確かに。モーツァルトと違って遊びの部分がないでしょう。

青木　でもさ、英雄の生涯もやった、ドン・キホーテもやった。

水谷　この前はドン・ファンもやって。

青木　そう、なんか楽器を弾いてる感じじゃないよね。ノット監督とやってると。

水谷　そうね。

青木　歌わされてる、喋らされてる感じ。

近藤　喋ってる感じ。

青木　だから、その延長線上でいくのかなと思ってるんだけど。

水谷　わかる。僕も、この前ドン・ファン弾いてて、「あ、この延長線上にサロメがくるんだろうな」っていうのは思った。ほんとに響きが折り重なる感じで、ミューザも素晴らしい音響で重層的にミックスされてきて。

青木　マーラーのリハーサルでも、本当に色んなところから情報が聞こえてきて、それを全部崩壊するギリギリのところまで攻めさせて、でもちゃんとまとめるじゃないですか。あれがね…どうなってるんだろうなって。千手観音みたい。

水谷　でも最初はうまくいかなかったよね。

近藤　最初のシーズンですか？

水谷　僕すっごいヘコんで、人生間違えたと思ったもん。就任披露のマーラーの9番。あんな怖い指揮者いないと思った。

一同　あぁ…。うーん…。

水谷　第九もそうだったけど、ノット監督は同じ事はやらない。前にやったときはこうだったんだけど、今回は違うんだってこととかも言ってたもんね。アーティキュレーションとか本当はこうしたかったとか、バンベルクの素晴らしい録音があるのにも関わらず。

青木　「俺の過去の録音は聴くな」とか言ったこともあったね。

水谷　事前にノットの録音で勉強してきた感じが見られると怒るよね。自分だってアップデートされてるんだから、それでやってくれって。

青木　今の俺と向き合ってくれ、じゃないけど（笑）

一同　（笑）

水谷　就任披露マーラーの9番の前のダフクロ（ダフニスとクロエ）は乗ってたの？

近藤　うん、いたいた。

水谷　それがとんでもなかったんでしょう？

近藤　とんでもなかった！全員目がハートでしたよ。

青木　でも難しかった。こういうタイプの指揮者が私は初めてだったので。どうしていいかわかんなくって。だけどこの人と一緒にずっとやりたいなって。

一同　うんうん。

青木　私はダフクロでものすごく凹んだ。

小林　あぁ、やっぱり1回目はショックがあるんだ。

青木　もうこんなに弾けないのか自分って思って。

近藤　なんかこう、不甲斐ないっていう気持ちがあったけど…

青木　そう、不甲斐ない…！！

近藤　それも込みで、完璧にはできないけど…。それまで固めてない…

大野　わかるわかる。固めないって。

青木　関節がいつも柔軟な感じね。

近藤　あとはもう自由だから、みたいな。

青木　だから練習をそのまま持ってくる指揮者とは全然違う。

近藤　入ってくる時からなんか違う時とかあるよね。

青木　日によって違ったりするね。でも人間は日によって違うのは当たり前で、なんかそういう意味ですごく人間的だし、自分も生き物だし、オーケストラの一人ひとりも生き物だし、オーケストラも生き物だし、音楽も生き物っていうすごくそれを大切にしている人だから、楽！本当に楽！しんどいけど楽！何だろうこれ（笑）

大野　わかるなぁ、それは。例えばリハーサルの初日と2日目で言うこと違うと、何だよ言うこと違うじゃないかって楽員が結構カチンときたりするんだけど、ノット監督の場合は、まぁそれはそうだろうって（笑）

一同　（爆笑）

水谷　僕もものすごく監督を信頼してるんだけど、同時に信頼してないもんね（笑）あぁ、もうそう振る？絶対違うだろうなって思ってるもん。

大野　今日はそういうことねってね（笑）

水谷　でも、そうなるまでやっぱり時間かかったよね。それが多数派にならないとオケって動かないじゃん。

大野　確かに。

水谷　動いてる監督からなるべく遠ざかるって時期もあったし…。

近藤　あったね…

水谷　だけどそれを一人、一人、また一人って参加しだして、ようやくリヒャルト・シュトラウスのオペラまでできるかなっていうところまでなってるんだと思うんだよなぁ。

一同　（笑）

小林　ノット監督はすごくクレバーな方だから、オケをどうやってレベルアップさせて、みんなにどうやってインスピレーションを与え続けるかってことまで考えていらっしゃるから。それで多分このタイミングでサロメなんだと思う。

大野　（ステージの）どこで歌うんだろうね

水谷　サロメは編成が大きいからね。演奏会形式みたいになるのかなぁ。

大野　普通に前で歌うのかなぁ。

青木　やっぱピットに入るよりも、歌がこう体感できる。

小林　ピットでオペラやってる時って何も見えない状態…

大野　ホルンは本当に何にも見えない。だから《メリーウィドウ》なんかやっても何にも面白くないもん。

一同　（爆笑）

大野　女の子たちが踊ってんのかも何にも見えない！

小林　そう、だからそういう意味では本当に演奏会形式はすごく良い。

水谷　1つの空間でね。

小林　そう、1つの空間でみんながこう、ぎゅっとなる。それでノット監督のあの感じだから。すごく面白そうだなって思っちゃう。

水谷　しかも連れて来てくださる歌手がいっつも最高なんだよね。

一同　そうそうそう！　

小林　グリゴリアンがマジですごいらしい。

水谷　え、ほんと！？

小林　世界一のサロメだって言われている…

一同　へぇ…！！！

小林　少し前に読響のシェフのヴァイグレさんとお話ししたとき、「この人とやるんだよね」って言ったら、「本当に素晴らしいよ」みたいなこと言われた。

青木　いぇーい！

近藤　そっか、楽しみ

水谷　とにかく無事できるように…。ね…。だって《トリスタンとイゾルデ》が流れた時のショックったら…なかったもん。
（編注：東響定期演奏会で2020年10月に《トリスタンとイゾルデ》上演を予定していたが、コロナ禍の入国制限で出演者陣の来日が叶わず、中止となった。）

大野　あれはね、本当に…

水谷　スーパースターの方だから、スケジュール的にもう2度とこのメンバーが組めないような中、本当にいろんな方が苦労してくださって、その日たった2日間の演奏会のためにすべて時間を作ってくれたのが、一瞬にしてこうなるわけだから…。とにかく《サロメ》できたらいいですよね…

青木　神社にお参りしとこ…

一同　（笑）

大野　演奏会形式だと、ステージとしては、演出がシンプルな分、音楽には注力できるでしょう？

一同　うんうん

大野　もしかしたら歌手もスコア見るかもしれないから、やっぱりクオリティとしてはすごく上がる。みんな目をつぶって聞けば、いろんなステージが思い浮かべられるだろうし。そういう点では《サロメ》を演奏会形式ってのは良いアイデアかもしれない。

水谷　そうね。しかもさっきの話のように、意味がある音をすると伝わるって話だと演奏会で壮大な音楽…

近藤　やっぱりお客さんと、オーケストラと物理的な距離がめちゃくちゃ近いから。歌手も。

水谷　そうね。僕らもやりやすいからね、いつもシンフォニーのスタイルだと。

小林　劇を見る楽しさと音楽を見る楽しさと、オーケストラを聴く楽しさを、全部、このホールで楽しめるからね。

青木　いやぁ、客席でみたいなぁ…！

一同　（笑）

大野　降りる！？

青木　今から？！

大野　ホルン6本でセクション全員参加だから降りようがないんだよなぁ…

一同　（爆笑）

水谷　そうだ！

青木　6本だから（笑）

大野　みんなでステージ上でね、体験したいと思います。

（おわり）

ジョナサン・ノットと東京交響楽団の「絆」と演奏会形式の《サロメ》

文：山崎圭資

ジョナサン・ノット＆東京交響楽団（以下、東響）の新たな試みである、リヒャルト・シュトラウスのコンサート・オペラシリーズ。第１弾となるのはシュトラウスの歌劇《サロメ》。
11月の演奏会を前に、9月8日市民交流室で関連講座「入門編：はじめてのシュトラウス・オペラ　はじめての《サロメ》」が開催された。
講師を務めたのは、音楽学者で日本リヒャルト・シュトラウス協会事務局長の広瀬大介氏。このオペラの対訳と解説を含んだ『リヒャルト・シュトラウス／楽劇 サロメ』（アルテスパブリッシング）を、今年6月に書き下ろしたばかりの広瀬氏がそんな広瀬さんに、リヒャルト・シュトラウスや《サロメ》、そして今回演奏するノットと東響の魅力を語った。

（本記事の内容は、講師である広瀬氏の発言を、筆者がまとめたものであり、都度補足のあることを記しておく）

　ジョナサン・ノットの録音の数々がスライドに映し出されるなか、広瀬氏はノットの経歴や東響との関係について振り返る。東響へデビューする以前、ドイツ・バンベルク交響楽団首席指揮者のポストにあったノットは、マーラーやブルックナーといった後期ロマン派の音楽を通じて、その名声を高めてきた。
　2011年の東響との初共演から早11年、今ではノットとの演奏を国内で耳にすることのできる機会も増えた。この指揮者の演奏を、当たり前のように聴くことができる状況に対し、広瀬氏は「これは本当にありがたいこと」と強調する。ノットの持つ、音楽への理解や緻密な構成力はもちろんだが、本当の凄さは、リハーサルを通じて完成度を高めた音楽を本番であえて崩すことで、さらに高度な次元へと高める「即興性」にある。それによって生まれるライヴ感溢れる音楽は、オーケストラの理解と深い信頼、そうした演奏を支える聴衆との関係ゆえに可能となるものであり、ノットと東響のタッグのもっとも魅力的な要素のひとつだ。

　今回《サロメ》は「演奏会形式」、つまり舞台美術や衣装などがない状態のなか、コンサート・ホールのステージで演奏されるが、この「演奏会形式」による《サロメ》の魅力はどこにあるのだろうか。
　まず、いくつもの幕をもち、その間で休憩が挟まれる多くのオペラと違い、《サロメ》は一つの幕で完結する。そのため曲間の休憩もなく、全体での演奏時間はおよそ100分。ワーグナーの楽劇が、休憩を含めて約5時間に及ぶことを考えると、《サロメ》は聴衆にとって、「お手頃」に楽しめる作品といえる。
　それでは、作品に重みがないか、と聞かれると、そのようなことではまったくない。大編成のオーケストラで書かれた《サロメ》では、コロナ禍で聴く機会がめっきりと減った、大迫力のサウンドを堪能することができるからだ。通常のオペラ上演では、音楽はオーケストラ・ピットから、ブレンドされた状態で聴こえてくるため、音量は控えめでくぐもった音色になることも少なくない。しかし今回のような演奏会形式にあっては、音楽は音響の良いコンサート・ホールの舞台で演奏されるため、この大管弦楽の響きを高い解像度で楽しむことができる。そしてここで思い出していただきたいのは、《サロメ》のような大規模な管弦楽をもった作品こそ、ノットと東響が得意とする領域だということ。

オーケストラを巧みに操る達人、リヒャルト・シュトラウス

　それでは、《サロメ》を作曲したリヒャルト・シュトラウスとはいったいどのような人だったのか。「まず音楽を聴いてみましょう」と言って広瀬氏が聴かせたのは、交響詩《英雄の生涯》の冒頭。音楽が低音から高音へと駆け上がり、音量も増していく部分だが、このようにオーケストラを巧みに操る達人がリヒャルト・シュトラウスである。映画『2001年宇宙の旅』に使われた交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》冒頭の管弦楽の壮大な響きは、クラシック音楽をあまり聴かない人でも一度は耳にしたことがあるはずだ。

　1864年に生まれ、1949年に85歳で没したシュトラウスは、歌曲や交響詩、全15作品のオペラなど多くの作品を残した。活動期間も長期にわたるため、一概に音楽史的な立ち位置を語るのは難しいが、レクチャーでは1905年に初演された《サロメ》を中心とする1890年代から1910年代後半までのおよそ30年間にかぎって説明がなされた。
　この期間の前半にあたる、1880年代後半から1890年代後半までの間というのは《ドン・ファン》や《英雄の生涯》など数多くの交響詩と歌曲が作曲された時代にあたる。これら歌曲の創作はソプラノ歌手であった妻パウリーネの存在によるところが大きい。このようにして、小規模の歌曲と大規模な管弦楽曲が、バランスを取るかのように作曲されたのが同時期の特徴である。
　20世紀に入った1900年代から1910年代にかけては、シュトラウスの創作の中心はオペラへと移る。《サロメ》(1905年、以下初演年)や《エレクトラ》(1908年)、《ばらの騎士》(1911年)など、オペラ史に残る大作が作曲された時代だ。これらの作品が、作曲からおよそ1世紀の時を経た今日も名声を保っている最大の理由は、大オーケストラと声楽、つまり管弦楽曲と歌曲の長所を「いいとこ取り」している点にある。管弦楽が時には歌曲の伴奏のように歌へと寄り添い、時には交響詩のような重厚な音楽を奏でる、というわけだ。

　また、広瀬氏は声楽部分の魅力について、「(私のような研究者が)普段お仕事を共にする歌手の方だから当然といえば当然なのですが」と前置きしつつも、歌手の多くが口を揃えて「シュトラウスを嫌いな歌手はいない！」と指摘するという、興味深いエピソードを語った。その理由を「声に負担をかけずに、美しく響くよう曲が作られているためであろう」と広瀬氏。ではなぜシュトラウスはそのように作曲することができたのか。そこには妻パウリーネの存在が影響している。シュトラウスを尻に敷く気性の荒い女性としても知られるパウリーネが、声楽部分に対して「ダメ出し」をすることで訂正を促し、結果的に優れた声楽パートが生まれたのではないか、と広瀬氏は指摘する。
　管弦楽曲・芸術歌曲の時代と、両者をオペラへと統合した時代、この二つの、創作ジャンルが大きく変わった時代の中間に位置するのが《サロメ》である。《サロメ》はシュトラウスのオペラとしては3作目で、これ以前には《グントラム》(1894年)と《灯の消えた街 Feuersnot》(1901年)がある。しかしこの２つのオペラはワーグナーの影響を色濃く反映したものであり、成功を収めるまでには至らなかった。そうした苦境を乗り越え大ヒットとなったのが《サロメ》である。

聴衆をドラマへ引き込む《サロメ》の圧倒的音楽

　《サロメ》は、20世紀のオペラの多くと同様に「序曲」や「前奏曲」を持っていない。管弦楽作品で培った雰囲気・情景の描写でもって、聴衆をドラマの世界へとただちに引き込むのである。演奏時間は長くはないが、一瞬一瞬に多くの要素が凝縮された、情報量の多い音楽といえる。

　ストーリーを簡単におさらいしておくと、舞台は新訳聖書の時代のパレスチナ、ガリラヤの宮殿。国王ヘロデ、その後妻ヘロディアス、ヘロディアスの連れ子である王女サロメ、そして預言者ヨカナーンが中心人物である。あるときサロメは、宴会を抜け出して、井戸に幽閉されたヨカナーンの声を聴き、興味を持つ。サロメはしだいにこの預言者に恋心を抱き、彼を惹きつけ接吻しようと試みるが、しかしヨカナーンは「呪われよ」と吐いてこれを拒絶する。宴会へと戻ると、ヘロデ王はサロメに「踊り」を要求する。気乗りのしないサロメは、王の「何でも望みを叶える」という言質をとって、有名な〈７つのヴェールの踊り〉を舞うが、この後サロメが求めたのはヨカナーンの首であった。こうして、ヨカナーンへと口づけし、恍惚の表情を浮かべるサロメ。それも束の間、これをみたヘロデはサロメの殺害を命じる。
　音楽の瞬間のひとつひとつが重要となる《サロメ》、その聴きどころについて広瀬氏は「全部です(笑)」と言いつつも、これだけは知ってほしい、聴いてほしい、という場面を挙げた。　そのひとつが、サロメがヨカナーンに言い寄って唇を求めて拒絶される場面。オペラ前半のクライマックスでもある。サロメはヨカナーンに対して、特別な感情を抱き、あの手この手で求愛する。けれども、サロメはこの人物の人格や中身について全く知らないので、ヨカナーンの外見的特徴を褒めるしかない。はじめは、ヨカナーンの百合のような「白い躰」を、次にはぶどうの房のような「黒い髪」を、そして最後は「紅い唇」を求めて、豊かな比喩でもって讃えるが一蹴される。二人の間の交わることのない会話が取り上げられたが、このように《サロメ》の多くの場面では、登場人物の間でまともな会話が成立しない。
　また、サロメのヨカナーンに対する感情は、サロメの人間として未成熟な様子からも、愛や恋というより「所有欲」と捉えることができると広瀬氏は語る。こうした、ある意味で錯綜した人物の模様も《サロメ》の魅力と言えるだろう。
　オペラ後半の見どころとして、首切り役人がヨカナーンの首を落とし、それを受け取ったサロメが接吻するシーンが挙げられた。サロメの人物像は「ファム・ファタル」 (男性を破滅へと導く魔性の女)という、世紀末に流行したモチーフを反映している。サロメの狂気はもちろんのこと、ヨカナーンの首が切られるまでの緊張感や生首が落ちる際の音楽描写、首を手にして歓喜し恍惚とした表情を浮かべるサロメ、その感情を表す壮麗な音楽にはこの作品の持つ力強さと圧倒的な迫力が凝縮されている。
　サロメに焦点を当てつつ進められたレクチャーも終わりに近づき、最後の話題は、今回サロメ役を歌うソプラノ歌手のアスミク・グリゴリアンへと移る。グリゴリアンは2018年のザルツブルク音楽祭《サロメ》でタイトル・ロールを歌い、優れた技術と表現力で注目を集めた歌手で、広瀬氏も「今サロメ役を歌わせるのなら、この人！」と太鼓判を押す人物だ。作品はもちろん、歌手陣にも期待が高まる。

　レクチャーは以上で終了したが、質疑応答も多くの質問が飛び交う、充実したものだった。「字幕やストーリー、音楽と演技の間で絶えず目移りしてしまい、オペラを楽しめない、どうすればオペラを楽しめるのか」という質問に対しては、「必ずしも字幕を見る必要はない」と回答(広瀬氏はオペラの字幕も多く制作している)。と言うのも、字幕はあくまでそのシーンの情報を伝えるものであり、あらかじめ台本や戯曲に触れ、全体の流れを知ることで、字幕に気を取られずに音楽に集中することができる。演奏会その場では、歌手や指揮者の様子を見たり、音楽そのものを聴くこと、それこそが大切なのだという。

おわりに

　11月の演奏会は、優れた指揮者とオーケストラ、歌手による演奏を耳にすることのできる、またとない機会だ。ここまで、シュトラウスや《サロメ》、演奏者陣について知っていただいたからには、ぜひ音楽そのものを体験していただきたい。音楽は、言葉では言い尽くせないものであるからこそ、魅力を放つのだ。オペラ史に残る傑作《サロメ》の音楽は、ジョナサン・ノットと東京交響楽団、そして注目の歌手陣によって、いったいどのように描かれるのだろうか。

サロメについてもっと知りたい方は……
10月20日（木）19：00開始
会場：ミューザ川崎シンフォニーホール市民交流室
《サロメ》講座　上級編
「シュトラウス《サロメ》に一歩踏み込んだ楽曲解説」
是非この機会にコンサートの予習にお役立てください。

文：小林伸太郎（音楽ライター）

リヒャルト・シュトラウスの歌劇《サロメ》の表題役は、オペラとしては限界に近い100人を超える編成のオーケストラを突き抜けるドラマティックな声と、若い女性もしくは少女の残酷なまでのイノセンスを体現するしなやかな表現力が求められる、難役中の難役として知られている。

この度、指揮者ジョナサン・ノットの強い求めに応じて日本デビューするアスミク・グリゴリアンは、劇的な役柄を中心に評価の高い歌手だが、とりわけザルツブルク音楽祭での名演以来、現代最高のサロメ歌いとして知られている。この夏、ザルツブルクでプッチーニ《三部作》に出演中の合間を縫って、彼女にとって《サロメ》とはどんな存在であるのか語ってもらった。

アスミク・グリゴリアン（以下AG）：《サロメ》でのチャレンジは、その多くが私にとって技術的なチャレンジでした。非常に多彩な色彩に満ちた音楽であると同時に、オーケストラは非常に巨大です。ヘヴィな音楽でありながらも、美を見出さなくてはならない。これには非常に高い技術が要求されます。

しかし役としては、最初から最後まで、不安を感じることはなかったという。オスカー・ワイルドの戯曲を原作とする《サロメ》は、聖書の題材をベースとしながら、預言者の生首を執拗に求め、口づけするという、限りなく非日常的な世界が展開する「悲劇」だ。

AG：暗闇がなければ、光を見ることはできません。私たちの世界には悲劇が溢れています。（サロメのような悲劇を観ることが我々に必要な理由は、）私たちの内に秘めた悲劇を引き出し、もしかしたらそれに対処する必要があるからかもしれません。
　私たちは誰もが「光」だと私は考えます。だから、いわゆる「悪い」キャラクターはいつも興味深いのだと思います。サロメも、たとえどんなに酷い行いをしたとしても、「光」であることを表現するよう私は努めています。彼女には、酷い行為に至る理由があるからです。
　しかし私は、特定のメッセージを皆さんに感じてほしいと思ってはいません。私の仕事の一部は、お客様に感じていただくことだと思っています。私たちはひとりひとり、それぞれの心を持ち、それぞれの痛みを持つ、違った存在です。誰もが個人的なストーリーを持っているように、私は私の個人的なストーリーを使って表現するのです。その“誰もが個人的ストーリーを持つ”という共通したつながりを、私（の歌唱、演技表現）に感じていただけることが、一番重要だと思っています。

2018年のザルツブルク音楽祭の《サロメ》でセンセーショナルな成功をおさめて以来、彼女のキャリアはこれまでになく高いレベルに達してきた。

AG：サロメはあらゆる意味でチャレンジングな役です。この役を非常に厳密な方法で捉えようとするなら、非常に大きなものが要求される役です。でもサロメは私にとって、ある種の癒しの役となりました。途方に暮れると、いつもサロメを歌います。すると私のコア（核、中心）に戻ることができるのです。サロメは私の真のコア・ロールとなりました。私の声に非常に合っているからかもしれませんね。
　サロメは私のキャリアに大きなパワーを与えてくれました。以前は、サロメが私に自由を与えてくれたと考えていましたが、実はすでに自由を持っていたのです。ただ、以前は自由のために戦うことが必要でした。しかしサロメは私に常に自由であることを可能とするパワーを与えてくれ、自由のために戦う必要がなくなりました。それは私にとって、とても大切なことだったのです。
　私のサロメはもちろん、常に変化しています。世界は毎秒変化を遂げています。私の最大のチャレンジと喜びは、毎日世界のために変化し続けることです。サロメも例外ではありません。

彼女は演技の指導を受けたことはないというが、数多くの指揮者、演出家から天性の演劇的才能が指摘されている。

AG：私はリスクを冒すことを好みます。限界に挑むことが好きなのです。どこかに行き着く前に、どこに行くのか私にはわかりません。人生でリスクを冒さなければ、どこにも行き着くことはないでしょう。いつも安全策を取れば、多くの可能性を失います。安全の限界に挑むことがなければ、成長しないと思うのです。
　若い頃は、直ちに全てを欲しいと思うものです。しかし歌手という職業は、技術的なこと、小さなディティールなど、全てにフォーカスすることが必要です。そして自分のエネルギーを正しく使うことを学ばなければなりません。今の私は、よりフォーカスして、より良い優先順位を考えられるようになりました。それでも私が依然としてクレイジーな役を選んでいるということには、変わりありません。依然として限界に挑んでいます。エネルギーと私の強みを異なる形でマネージするようになっただけです。

今回の指揮者、ジョナサン・ノットとは、4年前に代役として急遽出演したスイス・ロマンド管弦楽団とのコンサートで初めて共演したという。

AG：プッチーニの《蝶々夫人》を歌ったばかりのところで、（要求されるものが全く違うレパートリーである）チャイコフスキーの《イオランタ》、《スペードの女王》、《エフゲニー・オネーギン》のアリアを歌うという、クレイジーなコンサートでした。しかしそれは、まさしく魔法でした。オーケストラの素晴らしいサウンド！あのような素晴らしい才能と全てをシェアすることは、大きな喜びでした。

最後に、今回の《サロメ》を聴く観客に、何を感じとって欲しいかと尋ねてみた。

AG：繰り返しになりますが、お客様が何を感じ取られるのか、私は気にしません。もし少なくとも2人のお客様が、より良い自分になりたいと触発されて、自分がなりたいと思うものに自分を近づけようと触発されたら、素晴らしいと思います。
　日本には行ったことがなく、まず行くということだけでも非常に楽しみにしています。心の底から私にとって日本は非常に美しいところなのですが、それを自分で発見したいと思っています！

文：後藤 菜穂子（音楽ライター）

ジョナサン・ノットが深く信頼を寄せるイギリスの名歌手、サー・トーマス・アレンが、今秋の《サロメ》で三度タッグを組みます。今回は演出監修として本プロジェクトに参加するアレンさんに、これまでの共演や新たに取り組む《サロメ》、歌手陣についてお話を聞きました。

アレンさんは長い歌手人生において数多くのオペラに出演してこられましたが、《サロメ》は舞台で経験されたことはないとうかがいました。それはアレンさんのお声に合う役柄がなかったということでしょうか。

A：オペラ歌手の人生においては、何度も回ってくる役というのがありますが、私にとっては《サロメ》はそうではありませんでした。でもR.シュトラウスの他のオペラ── 特に《ナクソス島のアリアドネ》や《ばらの騎士》── は長年レパートリーにしていました。
　ヨカナーンの役にもっともふさわしいのは、「ヘルデンバリトン」と呼ばれる声だと思います。私自身、過去にはかなりドラマティックな役柄も歌ってきましたが、ヨカナーンのパートは、私のようなリリックな声にとってはバス＝バリトンの音域が多すぎました。
　歌手というのは経験を積むにつれて、ある役が自分のレパートリーに向くかどうか直感的にわかるようになります。ヨカナーンの役は、リリックで美しい部分もありますが、最終的には私には合わなかっただろうと思います。

オペラ《サロメ》のどんな面に惹かれますか？

A：まずはオスカー・ワイルドの原作を翻案した台本が、抒情的であると同時にきわめて魅惑的な情景も浮かび上がらせるものだと思います。
　音楽面ではリヒャルト・シュトラウスのオーケストラの見事な扱いに圧倒されます。彼は各楽器のサウンドを巧みに組み合わせて、この物語の中心にある退廃的な社会を生々しく描き出しました。

アレンさんご自身は、サロメという人物をどのように捉えていますか？

A：今回サロメを歌うソプラノのアスミク・グリゴリアンは、ご自分のしっかりしたサロメ像をお持ちでしょうし、またこれまで同役を舞台で歌ってきた経験を活かして演じてくれるでしょう。こうしたコンサート形式の上演では、私が彼女の解釈に干渉することはありません。私の役割は全員の演技を正しい方向へ導くことですから。

A：その上で私の考えを述べるのなら、サロメという人物がわれわれを惹き付けてやまないのは、ヘロデ王のみならず、おそらく周りにいる男性すべてを操る力を持っており、彼らの世界に大混乱を引き起こすことができるからだと思います。若くて美しいサロメは色仕掛けで男を陥れる女性であり、現代のように若者の早熟化が進む社会にも多くいます──その背景には、現代のテクノロジー全般があると私は感じますが。彼女の欲望は故意のものであり、家庭内で好きなようにさせるにはとても危険な人物だと言えます。
　善（ヨカナーン）と悪（サロメ）の対決は、どんな場においても成功まちがいない組み合わせなのです。

これまでにご覧になった《サロメ》の演出で印象に残っているものはありますか？

A：過去に多くの舞台を観てきました。サロメ役の歌手がまったく踊れない人で、「7つのヴェールの踊り」の場面では袖に引っ込み、代わりにダンサーが出てきて踊りを披露した演出もありましたし、逆に踊りのシーンにも全力で取り組み、最後にはすべて脱いでみせた歌手もいました。サロメ役が自ら踊ることは、ヘロデ王の異常な執着心を理解する助けにはなりますけれどね。

ジョナサン・ノットと東京交響楽団とのプロジェクトに参加されるのは、モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》（2016年）、シェーンベルクの《グレの歌》（2019年）に続いて3度目になります。これまでの経験を振り返ってみて、特に思い出に残っていることは？

A：今回、東京交響楽団のみなさんと指揮のジョナサン・ノットとのプロジェクトに再び参加できることを心から楽しみにしています。実は日本以外ではめったに彼と会うことはないのですが、私の演出の仕事をいつも応援してくれて、コンサート形式ではあってもホールの空間を最大限に活かしたプロダクションにするよう、奨励してくれます。もちろん、彼自身もアイディアを出してくれますし、真の意味での共同作業です。
　これまでのプロジェクトでもっとも印象に残っていることは、オーケストラのみなさんのプロフェショナリズムです。本番の日に劇場入りした際に、多くの団員の方が2時間も早く着いて練習しているなどという光景は、ほかの国では見たことがありません。西洋の文化では、より深く集中して仕事に打ち込むことでどれだけ多くの成果が得られるかを忘れてしまっているような気がします。

《サロメ》のようなきわめてドラマティックなオペラをコンサート形式の枠組みの中で演出するにあたって、もっともたいへんなことはなんですか？

A：たしかにコンサートホールの舞台でオペラを上演するのには限界はありますが、広く認められている演劇的手段を使うことで、劇場にいるのと同等の体験を創り出すことは可能だと思っています。
　すなわち、余計なものを削ぎ落として核心となるものだけを残し、あとは歌手が言葉とボディ・ランゲージによってその瞬間瞬間のドラマを観客に伝えるという手法です。それ以外では、私自身は交通整理をする警官のようなもので、出入りなどを指示する役目です── これはシェイクスピアの時代からずっと行われてきたことです。

ミューザ川崎は、オペラを上演するホールとしていかがですか？

A：コンサートホールによっては、音響が悪かったり、舞台がよく見えない席があったりという問題と格闘しなければならないこともありますが、ミューザ川崎ではもちろんそんな心配はいりませんし、ホールで演出の仕事をするのも歌うのも私にとって大きな喜びです。

《サロメ》の歌手陣で過去に共演されたことがある方はいますか？

A：今回は初めてご一緒する方ばかりですので、みなさんとお会いし、交流できるのを心待ちにしています。アスミク・グリゴリアンはとても美しい声の持ち主で、素晴らしいサロメを見せてくれることでしょう。すでに多くの舞台経験を重ねてきた方ですし、お会いするのが楽しみです。

アレンさんにとって今回の来日がパンデミック以降、初めての長距離の渡航でしょうか？

A：パンデミック以降、私が海外にでかけたのは、今年の5〜6月に声楽コンクールの審査のために訪れたモントリオールだけです。パンデミック中はずっと家で過ごし、幸い私自身は新型コロナにかかることもありませんでした。最近ようやく状況が少し落ち着いてきたので、少しずつ出かけ始めているところです。11月に日本のみなさんとお会いできることを心から楽しみにしています。

文：岸 純信（オペラ研究家）

前編で、マエストロは「音楽の訴えかけにひたすら耳を澄ましてほしい」と願ったが、今回のキャスティングはまさしく名歌手揃い。主演のアスミク・グリゴリアンは、しなやかな美声とバレエの技を併せ持つ表現者。ヨカナーン役のトマス・トマソンも、声の力を誇るバスバリトンである。

JN：私にとってオペラは、最も強力な楽器である「声」で語る物語です。なので、私は歌手に近いところにいて、彼らの力に圧倒されたい。歌劇場の観客は、歌手や舞台から離れたところに座らされますね。でも、ホールでは指揮者は歌手の傍に居て、歌劇場で指揮する時よりもはるかに歌の世界に誘われます。コンサート形式のオペラでは、至近距離が最大限に活き、歌手が我々の心を「鷲掴みにする」ことが可能になります。

なるほど。歌手と指揮者、客席の「親密度」が、コンサートホールでは保たれやすい。

JN：そうですね。アスミクは、スイス・ロマンド管弦楽団の100周年の折、私の急なお願いを受けて歌ってくれたソプラノですが、そのお礼にR.シュトラウスの《四つの最後の歌》を歌って頂く機会を提供し、そこから《サロメ》に至る道のりが生まれました。彼女は地に足のついた人で、一緒にいて楽しいですよ。 なお、R．シュトラウスのオペラでは、《エレクトラ》は何度か指揮しましたが、《サロメ》は今回の川崎が人生初になります。ヨカナーン役のトーマスとはワーグナーの《パルシファル》で初共演し、ヘロディアス役のメゾソプラノ、ターニャとは《エレクトラ》で出会いました。ヘロデ王役のミカエルさんとは初顔合わせですが、大いに期待しています。

ちなみに、今回の《サロメ》も往年の大バリトン、トーマス・アレンが演出を担当。

JN:　私がトム（アレン氏）に出会ったのは、何十年も前、ロンドンのオペラ・スタジオにおいてでした。当時の私はピアニストでした。オペラは手ごわい「野獣」のようなもの。演奏者の即興的なインスピレーションを必要とする一方で、上演に向け、練習期間を助けてくれる「導き手」も必要になります。トムは、歌手兼プロデューサーとしてダ・ポンテ・シリーズの《コジ・ファン・トゥッテ》でも導き手を務めてくれました。歌劇場でのオペラはもちろん素晴らしい。でも今回の私は「見た目に快い要素」を省き、人物の演技と歌唱のみに客席の意識を集中させたいです。
自身が歌手であるトムは、オペラの舞台で「何が聴衆に語りかけるか」を見抜く目を持っています。挑戦は成長の好機です。トムが《サロメ》で何を思いつくのか、全く想像がつきません！モーツァルトのシリーズでも、公演ごとに、歌手がステージのどちら側で歌うのか、私は全く知りませんでした。でも、公演では毎回、自然な流れのもと理にかなった動きが発生していました。《サロメ》もそうなるでしょう！

ここで一点、視点を変えて問いかけを。R.シュトラウスの同時代人、フランスのマスネの歌劇《サフォー》（1897）には、《サロメ》の特徴的なパッセージと瓜二つの音型が出現する。モーツァルトが同時代人から夥しい音楽的栄養を摂取したように、R.シュトラウスもまた、同時代の技法に敏感であったのか？

JN：《サフォー》の楽譜を見せて下さってありがとう。面白い！マスネといえば、《サロメ》と同じ題材の《エロディアード》（1881）も書いていますし、「預言者の白い身体に対するサロメの官能的な歓び」がそこにも存在するのが本当に面白いと思いました。また、《サフォー》のそのテーマと《サロメ》のパッセージは確かに、非常に近いものですね。
　なお、シュトラウスが《サフォー》を知っていたかどうかはさておき、私は最近、19世紀から20世紀初頭の作曲家にとって、3音あるいは1つの音程がもつ明確な　－　ほぼ無意識なまでの　－　意味について考えるようになりました。上行する短6度（例えば《トリスタンとイゾルデ》の冒頭）をいろいろな楽譜に見つけるたび、私は、それが、時を超越した永遠の概念と真実を喚起する要素、つまり「愛」だと感じるのです。短調や長調はこの愛への賛同あるいは憧れとして響きます。また、下行する3音、特にここでは最初の3音（長3度で始まり、主音へと下行する）は、生命力や情熱、勝利の達成感を表しているようです。

それでは最後に、マエストロに、「ミューザ川崎シンフォニーホールの個性と《サロメ》の面白さ」について、改めて語って頂こう。

JN：まず、譜面の細部に、まだまだ解明すべきところがあると思っています。例えば、R.シュトラウスが「舞台上に」と記したハルモニウムはどこに置こうか？舞台袖？また、幽閉中のヨカナーンの声はどこから出すべきか？など。
　また、ミューザ川崎の建築的構造　－　全ての通路がスロープになっていて、一つだけのまっ直ぐな道というものが存在しません　－　も、客席の皆様全員が、オーケストラの面々と同じく、主役であると思わされる要素です。コンサート形式のオペラでは、客席も演奏者も、皆が皆、俳優（アクター）になります。つまりは、傍観者が存在しないということ！岸さんはサロメの「面白さ」と仰いましたが、その言葉遣いに私は大変興味を持ちました。歌劇《サロメ》は果たして「楽しむことのできる作品」でしょうか？そこに描かれている感情や行動はとても「悪魔的」であり、人の五感に大きな混乱をもたらします。でも、しかし、私自身は間違いなく、楽しむことを目指しています。その楽しさを、ご来場の皆様と分かち合えるよう願っています。

文：岸 純信（オペラ研究家）

ミューザと東京交響楽団の取り組みでは、指揮者ジョナサン・ノット×東響のモーツァルト／ダ・ポンテ三部作シリーズの大成功が記憶に新しいが、この11月からは、新たなコンサート・オペラ・シリーズがスタート。作曲家はリヒャルト・シュトラウス、第１弾は歌劇《サロメ》である。自分に見向きもしない預言者ヨカナーンの首を求めて、義父ヘロデ王の前で半裸になって踊るサロメ。その「妖しさ」は、オペラ史上もっとも危ういもの。モーツァルトの端正な響きから、大編成の管弦楽を駆使する極彩色のR.シュトラウスへ。マエストロ・ノットの目に映る「音世界」の在り様を訊ねてみた。

JN：偉大な作曲家　── 例えば、R.シュトラウスと同時代のマーラー ── の中には、感情が「顔に出る」人がかなり居ます。彼らは、歓びや怖れといった感情の起伏に分け入り、個人の感覚を超越した音楽を書き、聴き手を包み込む「例え話（寓話：allegory）」の曲世界を創り上げました。
　彼らは、自分たちが抱える悪夢や、心の奥に潜む願いを表現できるという「勇気」を持っていました。そのお陰で我々は、極端な状況に追い込まれた人間の姿を、寓話的な楽曲を通じて経験できます。自分を曝け出した彼らの勇気には、深く感謝しなければなりません。マーラーだと、最初の楽曲の第１音から、交響曲第10番の最後の小節に至るまで、私の耳には、「とにかく、死に対する恐怖を和らげようと必死」であったように聴こえるのです。
　でも、R.シュトラウスはもっと複雑な人物です。私の眼には、この作曲家はどうも、マーラーとは反対に、世間に「自分の内側を見られたくない」と望んでいたように映るのです。でも、本当の彼は、他者と同じく、自分の恐怖心や願望に敏感であったのでしょう。
　思うに。R.シュトラウスの才能の1つは、彼の音楽が「表面を覆う層」を創り出せることにあります。それは、人々をすぐさま虜にする個性です。例えば《アルプス交響曲》を通して、我々は滝の音を聞き、氷河を見て、登山者と楽しくビールを飲むような感覚に至ります。しかし、この交響曲で胸が締め付けられる瞬間は、最後の「塵は塵に（灰は灰に）※註、調性の一団から調性の一団へ」の部分です。
※註：旧約聖書『創世記』内の言葉。ノット氏は、灰や塵から生まれた人間は、最終的にはそこに還るという「人生の儚さ」に関するこの表現を好み、海外のインタヴュー記事でもしばしば使っている。

　本当の人間性や人間愛とは、「愛は我々の中にあり、我々自身の人生の山を登ること」でしょう。その行いこそが人間を人間たらしめます。人生の終わりがたとえ「（灰は灰に）塵は塵に」であったとしても、「山を登らない」ことは生の放棄を意味します。
　R.シュトラウスは、自分の作品を知的な形式構造でまとめ上げました。交響詩《ドン・キホーテ》なら「読みあげるフーガ」に始まり、鎧を守る夜のシーンでは永遠の女性であるドルシネア姫の幻想を見て、怖れを和らげようとします。
　しかし、そうした音作りの裏には、必ず、「傷つきやすいR.シュトラウス」が存在すると私は感じます。彼の作品は、熱心に音楽研究を行うリスナー以外の人々に対しては、「秘密が保たれる」ように構成されています。そして、この「秘密を保っている」という状況こそが、理由がはっきりと分からないまでも聴く人の心を揺さぶり、感動をもたらすといった、R.シュトラウスの音楽の原動力になっているのです。

実は傷つきやすい心を抱えるらしきR.シュトラウス。彼はそれゆえ、自身の内面を覆い隠すような音楽を書き続けたとマエストロは説く。ならば歌劇《サロメ》が拓いた境地はいかなるもの？

JN：《サロメ》の音楽は魅惑的です。皆が官能を求め、誘惑されることすら望んでしまうような音楽です。でも、生首に口づけをしたいといった欲望は、指揮する私も共有はしません。しかし、この歌劇でサロメは、預言者ヨカナーンに「自分を見てもらう」ことを拒否されますね。彼女は、人としても、存在する実体としても、もしかすると魂としても、自分の存在をヨカナーンに拒まれてしまった。つまりは、自分を全否定されたわけです。となると、それこそが彼女の復讐の原動力になるのでしょう。その観点だと、私も、サロメの行動に共感できるのです。
　R.シュトラウスがこの歌劇で、調性をどのように用いて　―　あるいは織り込んで　―　いるか注目してみて下さい。例えば、Cの調（ハ長調のヘロデ、ヨカナーンの宣言の中間部、そして死の場面におけるハ短調）、それからサロメの嬰ハ調。シュトラウスは、これらの調性が互いの周りをまわるように配しています。また、瞬時に変化するライトモティーフを彼がどのように曲に盛り込んで、人間の一生を表現したか。こういったことは、R.シュトラウスの音運びの中で全て関連しており、その結果、最高レベルの「何層もの魅惑的な音楽」が生まれ、至高の音楽ドラマになりました。《サロメ》が拓く世界は、覗き趣味的なものとは全く異なります。
　なお、《サロメ》の上演時には、こういった音楽要素は、聴衆の眼前をもの凄いスピードで行き過ぎます。でも、コンサート形式のオペラなら、すべての要素を耳で捉えやすくなります。それがこのやり方の醍醐味であり、私が楽しいと感じる理由でもあります。

マエストロは、仰々しい演技や大道具に客席が目を奪われがちと感じ、それよりも「音楽の訴えかけ」にひたすら耳を澄ましてほしいと望む。指揮者ならではのその切なる願いが、「目の前を猛スピードで行きすぎる音楽の全要素を捉えて欲しい」という言葉に結実するのだろう。

（後編へ続く）

「見るオペラ」と「聴くオペラ」がある。R.シュトラウスの《サロメ》は斬り取られた首を求めてサロメが踊るという一見、おぞましいシチュエーションがあるので「見るオペラ」に傾きそうだが、精緻を極めたオーケストレーションは「聴くオペラ」でもある。実はそうした皮相にかかわらず、これは「精神を見るオペラ」である。それを表現するには、演奏陣に絶大な力がなければできない。ノット指揮の東響、歌手に世界トップクラスのグリゴリアン、バウムガルトナーらがそろう演奏会形式のこの公演ならば、それが可能だ。

アフィニス文化財団 オーケストラ助成委員 梅津時比古