文:広瀬大介(音楽学・音楽評論)
筆者がオペラにのめりこみ、録音といわず、実演といわず、貪るように聴き始めた1990年代、ハンナ・シュヴァルツはすでにベテランとしての風格を漂わせ、舞台をしっかりと引き締めるアルト歌手として、一流歌劇場でその名を見ないことはないほどの活躍を見せていた。筆者が初めてその声に接したのは、忘れもしない1993年。ベルリン・ドイツ・オペラの来日公演で、ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》ブランゲーネ役を歌ったときのことである。ルネ・コロとギネス・ジョーンズという理想のキャストを迎え、そのふたりの声に引けを取らない、いや時にはそれを凌駕するほどの存在感を発揮し、文字通り圧倒されたのであった。
ドイツ・ハンブルクの出身。1973年には同地の歌劇場のアンサンブル・メンバーとなり、それ以来、世界各地の歌劇場で活躍を重ねるようになる。1975年にはバイロイト音楽祭に初登場。翌年には早くも《ニーベルングの指環》でエルダ役を射止め、以来、1998年まで、(88〜93年の期間を除き)毎年出演し続けるという偉業を成し遂げている。
いわば、筆者にとっては、ハンナ・シュヴァルツは、自分と同じ時代を生きてくれた大歌手のひとり。そんな大歌手が、齢傘寿を迎えようという現在、なおその自然な声を保ち続け、今回の記念すべきリヒャルト・シュトラウス《エレクトラ》公演ではクリテムネストラを歌ってくれるという。これほどに嬉しいキャスティングには、めったに出逢えるものではない。
シュヴァルツは、その長いキャリアにおいて、オペラやオラトリオ、オーケストラ歌曲におけるあらゆる低声域の役を歌ってきた。自分を含む日本のファンにとっては、やはりワーグナーやシュトラウスでの諸役がもっとも印象深いことだろうが、もちろん、シュヴァルツ自身の思い入れの深い演目はほかにも数多い。
ハンナ・シュヴァルツ(以下H. S.):バッハ《マタイ受難曲》、マーラー《交響曲第3番》《亡き子をしのぶ歌》、ヴェルディ《レクイエム》、これらの曲はすべて、魂を苦しみから救ってくれる作品だと思います。ワーグナー《神々の黄昏》ヴァルトラウテ、《ジークフリート》エルダは、どちらも怖ろしい結末を防ごうとする役です。エルダはヴォータンにこのように云うのです。「あなたは怖ろしいこと(資本主義とも考えられるでしょう)を始めたのに、それを終わらせる方法を教えろというのですか?」 たとえ失敗しているように見える演出であっても、いまなお現代に通じる問題を観客に与えることができます。
これまでにもっとも印象的な《エレクトラ》の上演として、ジュゼッペ・シノーポリが指揮した、ミラノ・スカラ座の公演を挙げるシュヴァルツ。ルカ・ロンコーニによる1994年のプロダクションであり、まさにもっともシュヴァルツ自身が脂ののっていた時期の公演であったはず。ハンブルクでのキャリア初期には、声楽と並行して心理学を専攻していたシュヴァルツは、《エレクトラ》という作品を解釈するときにもその鋭い視点を存分に披露してくれる。《エレクトラ》におけるクリテムネストラは、物語の中盤を占めるもっとも重要な役。この人物の性格をどのように考えているか、歌い、演じる際の役作り、解釈は、だれもが気になるところには違いない。
H. S.:クリテムネストラは魔女のような側面を見せているというよりは、ひとりの女性がジレンマに陥っている状態だと思うのです。古代ギリシャの劇場には病院が併設されていたといいます。つまり、演劇の上演は、治療・病気からの回復の一種と見做されていたということになります。いまだって、観劇・音楽からカタルシスを得るのは健康に効果的でしょう。録音では無理です。もちろん録音にも存在意義はありますが、生演奏の代わりとはなりません。私がまだ心理学を学んでいた頃、ザルツブルクで、カラヤンが指揮し、マルタ・メードルとアストリッド・ヴァルナイが歌った公演を観たことがあります。それが、オペラというものの素晴らしさに目覚めた経験でした。
それにしても、クリテムネストラは、エレクトラという娘をどのような存在と捉えているのだろう。剥き出しの憎悪をぶつけてくる娘に対して、母親はどのように対応すべきだったのだろうか。そんな疑問にも、深い洞察をもってシュヴァルツは明確な答えを与えてくれる。
H. S.:なぜクリテムネストラは、よりによって、明らかに自分に敵意を剥き出しにするエレクトラに、自分の悩みを打ち明けたのでしょう。なぜなら、エレクトラ自身が同じジレンマに苦しんでいるからです。ふたりとも、為す術がないという苦しみ、地獄にとらわれています。エレクトラはまったく行動を起こさず、何も成し遂げられず、斧をオレストに渡すことさえ忘れてしまう。「みずからの行い(復讐)を為すためにここへ来たものは幸いである」と歌いますが、自分ではそれをすることができないのです。怒りの原因であるクリテムネストラの死が実現してしまうと、自身も死んでしまう。怒りはエレクトラの生命線だったのです。
クリテムネストラもエレクトラを殺したいとは思っているのですが、自分自身でそれをすることはできない(「自分は刺草を抜く力もない」という歌詞にそれが現れています)。死と隣り合わせのふたりの敵が、互いにその状況を不条理だと感じているならば、それは互いをよく理解している、と言えるのではないでしょうか。今日まで、ギリシャ悲劇はなお生き続けています。いかにしてこのふたりは自身の痛みを表現し、変化を受け容れ、感謝することができるのか、それを表現しているのがギリシャ悲劇なのです。
インタビューの最後で、シュヴァルツは自身の名前「ハンナ」が、「恵み」という意味だと教えてくれた。ジョナサン・ノットとの共演を愉しみにしつつ、「だれもが同じように重要な役割を担う場で、仲間とともに働くということは、大きな贈り物、恵みであり、そのことに私はいつも感謝していますよ」と語るシュヴァルツ。あらゆるひと、あらゆるものに対する感謝こそが、いまなお現役で歌い続けることのできる原動力を、この大歌手に与えているのだろう。